『世界入りにくい居酒屋』に見る人間ドラマ【後編】

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Webメディア「カンパネラ」からお届けする、おいしいトレンド情報。NHK-BSの番組「世界入りにくい居酒屋」の魅力に迫る特集。後編では、世界のディープな酒場を取材したプロデューサーによる裏話から見えてきた、東西変わらぬ酔客の個性と人の面白さ。ローカルな居酒屋が象徴する土地に根付く文化をご紹介します!

 

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<<前回からの続き≫

 

 

世界の大都市の「地元の人しか知らないディープな入りにくい名店を紹介する」番組、『世界入りにくい居酒屋』(放送局はNHK-BS)が、日本のお酒好きの間で静かなブームになっている。一度見たら、「もう見た?」と、誰かに語りたくなる、ゆるい紀行番組である。

 

ニューヨーク、パリ、バルセロナ、リバプール、ホーチミン、台北、台南、ハノイ……。この番組では、世界各地の常連客が集う居酒屋の日常を、淡々とカメラが追う。この番組にリポーターはいない。映像にテロップが入り、女性タレント2人が雑談風の感想を語るだけ。番組に登場するのは、店の人間と地元の一般ピープル。仕事中なのに昼休みにワインを飲むスペインの医者、開店前からビールでホロ酔い状態の台北の居酒屋店主など、ヨーロッパやアジアにいる大らかな酒飲みの姿は、たまらない癒やし系だ。

 

しかし、海外だから入りやすいし取材しやすいというわけではない。日本でも、地元の常連客が集うディープな居酒屋は、見つけにくいし、入りにくい。ほんわかした雰囲気の同番組だが、少し考えると、この人間臭くリアルな映像を撮るのは簡単ではないと想像がつく。どうやってこの自然な姿を映像に収めたのか。前回に引き続き、番組制作の裏話をプロデューサーの河瀬大作さんに聞いた。

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面白さがじわじわくる世界の酔客たち

 

 

「入りにくい居酒屋の取材は、やっぱり簡単ではないですね。制作費の関係で、1つの地域で2つの都市の居酒屋を探すんです。フランスだったらパリとリヨン、台湾だと台北と台南みたいな。下見を10日から2週間やって、30~50軒の居酒屋を回っています」と、プロデューサーの河瀬さん。

 

ディープな居酒屋番組の番組制作は、まず、足を使ってリサーチするところから始まるというわけだ。

 

「実際に居酒屋に入って常連に混じって飲んでみて、確かに入りにくいことを確認して(笑)、店主のキャラクターを見たりしながら、お店を絞り込んでいくんです。ここで撮りたいなというお店が現れたら、正攻法で頼みます。とにかくぼくらは悪い人間ではありません、皆さんの素敵な場所を撮らせてくださいと、お願いするわけです」

 

もちろん常連客しかいない店の取材は、ハードルが高い。カメラを回しながら店内に入って、カベにぶつかることも少なくなかったという。

 

「スペインのカタルーニャ州、バルセロナの裏町にある居酒屋は難しかったですね。スタッフがあいさつすると、ほとんど全ての常連さんが無視するんです。帰れ!と、怒る人もいた。でも、バルセロナではポロンという水差しみたいなものでワインを飲むんですけど、スタッフの一人がポロンでワインを飲んでみたら、それを見た常連さんが急にフレンドリーになって、ここに座れと言いだして、取材がスムーズにできるようになりました(笑)」

 

世界入りにくい居酒屋

ポロンで飲み、盛り上がる現地の人々(写真提供:NHK)

 

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後になって、カタルーニャ州には「ポロンで回し飲みしたらみんな友だち」という格言があることがわかったという。常連が占有する空間も単に閉鎖的なわけではなく、そこのルールを理解すれば、ヨソモノでも受け入れてもらえる。

 

河瀬さんが語るポロンの一件は番組中にも登場するが、居酒屋のゆるい日常の出来事のようでありながら、実のところは、異文化のカベを乗り越えるドラマといえる。

 

『世界入りにくい居酒屋』が見せるローテンションの感動は、番組を見終わった後にじわじわと効いてくる。

 

番組に登場したヨーロッパの酔っぱらいやアジアの酔っぱらい、アメリカの酔っぱらいたちのことをよく覚えていて、そのエピソードを酒の肴(さかな)にして、ああだこうだ、バカだよね、美味そうだね、味のある人だよね、と愛情を込めて語り、笑い合う。この「じわじわ感」が、『世界入りにくい居酒屋』の視聴が癖になる秘密なのかもしれない。

 

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入りにくい居酒屋には、たまらない人間ドラマがある

 

番組を見終わった後にじわじわ来る『世界入りにくい居酒屋』の醍醐味(だいごみ)は、同番組が単なるゆるい紀行番組では終わっていないところにある。

 

プロデューサーの河瀬さんは、次のように語る。

 

「作り続けてみて面白いと思ったのは、1軒の店を定点観測で見ていると、地域、文化、歴史、民族性がなんとなくわかってくることなんです。常連が集まるローカルな居酒屋には、いろんなものが凝縮されているんです。極小の点を描くだけで、面が見えてくる」

 

確かに、ただ酔っぱらいたちが映っている映像に少し注意を向けると、地域、歴史、文化、民族性などが凝縮されたすごい内容が含まれていることに気づく。

 

例えば、マンハッタンの「入りにくい居酒屋」は、ビジネスの成功者が多く集まる場所だが、オーナーの1人であるイゴールは、17年前、23歳の時にボスニアからの難民としてニューヨークにやってきた人物。皿洗いやトイレの案内人などを経てバーテンダーとなり、2001年にニューヨークで発生した9.11のテロをきっかけに、「人がつながる場」をつくりたいと友人たちと居酒屋を作った。40歳になった今では、この店に欠かせないムードメーカーだというから、「夜のアメリカンドリーム」の体現者だ。

 

イゴール

マンハッタンにある「入りにくい居酒屋」のオーナーの1人、イゴール

 

ハノイの「入りにくい居酒屋」は種類豊富な鳥料理が人気である。実は、いまでは家がびっしり並び立つこの地域、昔は野鳥がたくさん生息していて、鳥を捕獲して生計を立てる人が多く暮らす村だった。それが1986年に始まる経済の自由化政策(ドイモイ:刷新)の影響で、その風景は激変。せめて昔ながらの鳥料理を残そうと13年前に店を立ち上げたオーナーは、70歳の女性。

 

スズメ焼き

ハノイの「入りにくい居酒屋」で供される鳥料理、スズメ焼き

 

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料理を囲んで若者たちが盛り上がっている

 

鳥おこわ

こちらは「鳥おこわ」

 

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大女将は御年70歳

 

台湾の居酒屋・阿才的店は、お調子者(=阿才)の店という意味。阿才は営業が始まる前から酔っぱらっている料理担当のオーナーのニックネームである。営業中も隙を見つけては、厨房から客席に出てきて客と一緒に酒を飲む。

 

台湾の居酒屋・阿才的店の入り口

台湾の居酒屋・阿才的店の入り口

 

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オーナーの阿才さんと、元妻のヤン

 

非常にいい加減な店に見えるが、じつは、1947年から1987年まで約40年間に及ぶ戒厳令下にあった台湾で、民主化運動の活動家たちが集まった場所である。若き日の阿才さんも運動に参加していたが、戒厳令が解かれた後、「みんなで話せる場」としてこの居酒屋を開業した。

 

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客と乾杯する阿才

 

「この番組は、飛び道具みたいなドキュメンタリーです。とにかく酔った人しかいないところに行ってカメラを回すわけですが(笑)、居酒屋に来る人たちは、あまり深く考えず、何でも本音を言ってしまう。いろんな国の居酒屋を取り上げていますが、人間って、国や文化の違いを超越して同じようなことを考えるんだなと、しみじみ思いますね」

 

世界の都市の「入りにくい居酒屋」は、その土地ならではの人間ドラマが交錯する場所でもある。『世界入りにくい居酒屋』は一見ゆるい映像で構成されている番組だが、その味わいのベースは、まさに河瀬プロデューサーの言う「地域、文化、歴史、民族性」など、多様な要素がブレンドされた“あわせ出汁(だし)”。その深い味わいが、日本の酒飲みから酒飲みへと口コミで伝わり、広まっている理由なのかもしれない。

 

(2016.12.24「カンパネラ」より転載)

 

須田泰成

須田泰成さん

[PROFILE]

コメディライター/地域プロデューサー/著述家。1968年、大阪生まれ。全国の地域と文化をつなげる世田谷区経堂のイベント酒場「さばのゆ」代表。テレビ/ラジオ/WEBコンテンツや地域プロジェクトのプロデュース多数。著者に『モンティパイソン大全』(洋泉社)、絵本『きぼうのかんづめ』(ビーナイス)など。

 

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