脱サラして「イチゴの神様」になった男

イチゴ

Webメディア「カンパネラ」からおいしいトレンド情報をお届け!栃木県宇都宮市にあるユニークなイチゴ農園「ハート&ベリー」のオーナー・野口圭吾さん。国内のトップパティシエが「イチゴの神様」と絶賛する栽培法とビジネスとは?

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イチゴ生産高日本一を誇る栃木県の宇都宮市で、「とちおとめ」を始めとしたイチゴの生産と販売を行う農園「ハート&ベリー」。ここを経営する野口圭吾さんは、35歳だった17年前、年収1000万円を超える待遇を捨て、脱サラの道を選んだ。
 
「東京の自宅を売って栃木に来ました。農業関係の知り合いが一人もいなかったため、一からのスタートでした」
 
全国的に農業従事者の高齢化が進む中、都会からの移住者は有り難い存在。しかし、田舎での新規就農は、理想と現実のギャップが大きく、挫折に終わるケースも少なくない。
 
イチゴ農園
野口圭吾さん。農園の前で
 
しかし、野口さんが10年以上かけて培ったイチゴの生産と販売のスタイルは、閉塞感の漂う現状を打開する新しいモデルである。
 
そのイチゴビジネスは、例えば、こんな一皿に象徴される。
 
冷静フォアグラ
冷製フォアグラのフランのイチゴ添え、蜂蜜のクレーム、白トリュフオイル風味
 
「これは、冷製フォアグラのフランのイチゴ添え、蜂蜜のクレーム、白トリュフオイル風味を盛りつけた一皿。30年近い歴史を誇る正統派フレンチの最高級店、有楽町の『アピシウス』で、私のイチゴを材料に作っていただいたものです。世界の美食を経験している方も、あまりの美味しさにうなっていましたね」と、野口さん。
 
フォアグラが3層になり、その一つにイチゴの味が練り込まれている。それぞれの味を楽しめるだけでなく、3種類の味覚が舌の上で溶け合い、食した人を、めくるめく味覚の世界の高みへと誘う。
 
「アピシウスは、帝国ホテル東京と並び、うちの業務用のお客様としては最もお付き合いが長いレストランです。高品質のイチゴをつくり、わかる人に届け、イチゴの可能性を高めたい。それだけを考えて、日々、研さんに励んでいます」
 
野口さんが抱く“ストロベリー・ドリーム”に迫る。
 
 

カツオから抽出したアミノ酸などを肥料に美味を追求

 
野口さんのイチゴは、帝国ホテル東京以外に、ホテルオークラ東京、ホテルニューオータニなどの有名ホテル、そして、前述のアピシウスなどの高級レストランに納入され、高い評価を得ている。甘さ・酸味・香り・水分の量(みずみずしさ)の4要素が、それぞれに極上で、しかもバランスが良いのが特徴だ。日本を代表するパティシエの一人、帝国ホテル東京の望月完次郎シェフパティシエは、野口さんのことを「イチゴの神様」とまで呼ぶ。
 
望月シェフ
帝国ホテル東京の望月シェフパティシエと。「美食の饗宴苺尽くしツアー」にて

 

栽培方法は、研究を重ねて工夫した独自のもの。水は、電気分解して酸性とアルカリ性に分けた地下水を生育状況に応じてタイミングを計りながら与える。肥料には、カツオなどから抽出したアミノ酸を加えるなどする。

 

イチゴ
 
 

農場経営の夢を諦めきれずキャリアチェンジ

イチゴ農園
 
そんな野口さんの農業への情熱は、子供の頃の夢にさかのぼる。
 
「小さいころからアフリカの大自然で生きる動物の映画とか、動物と人間が触れ合うドラマとかが好きで、大人になったら牧場を経営してみたいと思っていたんです」
 
大学は、東京農業大学の畜産学科に進んだ。しかし、非農家出身者の就農は難しく、卒業後、臨床検査の受託事業を行う相互生物医学研究所を経て、母校・東京農大の職員となった。しかし、10年勤務した後、夢を諦めきれない自分に気づいた。奥さんの実家がある栃木県へ移住。園芸などの会社に勤め経験を積んだ後、イチゴ農園を始めた。
 
栃木県でイチゴの生産を開始して間もなく、現実というカベにぶつかった。それは「農家にはいかに美味しいイチゴをつくるかよりも、いかに大量に出荷するかが要求される」というものだった。
 
「美味しいものをつくりたいと思って移住してきたので、悩みましたね。栽培方法を工夫するのと並行して、東京のイベントや勉強会にも積極的に参加して、時間をかけて、分かってくれる人に直接販売するネットワークをつくりました」
 
人生を変えたのは、前述した帝国ホテル東京の望月氏との出会い。野口さんのイチゴに出会った望月氏は、自分だけの食材と独占することなく、むしろ、同じイチゴでライバルたちと競い合いたいと考え、口コミで同業者に伝えた。
 
結果、都内の有名ホテルや高級レストランの間に、野口さんのイチゴの評判が広まった。相場の3割ほど高い値段だが、野口さんのイチゴには、それだけの価値があると判断されたのだ。
 
 

美食の饗宴苺尽くしツアーで若手農業者も支援

 
独自の栽培方法と独自の販路を切り開いた野口さんは、2014年、さらなる展開へと向けて、ユニークなイベント「美食の饗宴苺尽くしツアー」を始めた。
 
「美食の饗宴苺尽くしツアーは、私のイチゴを使っていただいている一流ホテルや高級レストランで、その日限りのイチゴ尽くしメニューコースを楽しむツアーです。通常、栃木から貸し切りバスで都内に行き、ランチ、ディナーを1日かけて味わいます。もちろん東京在住の参加者もおられます」

 

ピシウスにおける「美食の饗宴苺尽くしツアー」
とちおとめとトマトのガスパーチョ(アピシウスにおける「美食の饗宴苺尽くしツアー」にて)

 

ツアーに登場するメニューは、一流のシェフやパティシエがイチゴの味覚の可能性に挑む斬新なものが多い。単なる生産者ではなく、イチゴの味覚の最前線にも身を置く。それも野口さんのスタイルだ。
 
とちおとめと熟成栗のモンブラン
とちおとめと熟成栗のモンブラン(アピシウスにおける「美食の饗宴苺尽くしツアーにて」

 

とちおとめとトマトのガスパーチョ(ア神戸牛ローストビーフ生雲丹と苺のソース
神戸牛ローストビーフ生雲丹と苺のソース(アピシウスにおける美食の饗宴苺尽くしツアーにて)
 
美食の饗宴苺尽くしツアーでは、他の若手農業者の応援も行っている。
 
「2016年4月のツアーでは、栃木や近県で頑張っている若手農業者で、私が自信を持って進められるトマト農家2軒とアスパラ農家も加わってもらい、食材として加えてもらいました。この3軒もアピシウスに使ってもらえるようになりました」
 
野口さんとの出会いをきっかけに、高級レストランや一流ホテルとつながる若手農業者が着実に増えているようだ。
 
 

生産規模を拡大して、より多くの人に届ける

 
高級レストランや一流ホテルのシェフ、パティシエたちとタッグを組み、自分が育てたイチゴの価値と可能性を追求する。さらには、近隣の若手農業者の応援もする。
 
贈答用イチゴ
贈答用イチゴ

 

そんな野口さんの次の目標を聞いてみた。
 
「まずは規模拡大が急務です。口コミでつながりのできたホテルやレストラン、メーカーさんから問い合わせが相次いでいるのですが、需要に生産量が全く追いついていないのが現状です。もっと多くの人に食べてもらいたいです。畑を作る段階からタッグを組める事業者さんがいると一番いいですね」

 

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イチゴの加工品。とちおとめのジャム、イチゴジンジャーシロップ、イチゴ乾燥チップ
 
他にも、「都内にイチゴ尽くしのお店を開きたい」「世界のトップシェフ、パティシエにも自分のイチゴを使っていただきたい」など、実現したい夢は、まだある。
 
「しんどいことも多かったけど、イチゴを始めたおかげで、サラリーマン時代には会えなかった人たちと会えたり、人生は、考えられないほどオモシロくなっていると思います」
 
野口さんのストロベリー・ドリーム。その夢が終わることは、当分なさそうだ。

 
 
■参考Webサイト:
ハート&ベリーの楽園

(2016.6.16「カンパネラ」より転載)

 

須田泰成

須田泰成さん

[PROFILE]

コメディライター/地域プロデューサー/著述家。1968年、大阪生まれ。全国の地域と文化をつなげる世田谷区経堂のイベント酒場「さばのゆ」代表。テレビ/ラジオ/WEBコンテンツや地域プロジェクトのプロデュース多数。著者に『モンティパイソン大全』(洋泉社)、絵本『きぼうのかんづめ』(ビーナイス)など。

 

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