小倉ヒラクの「発酵トラベルノート ~旅と醸しのおたのしみ~」

hiraku_img

【第26回】ミャンマー・シャン族のローカル納豆に見るアジア的発酵薬膳のルーツ

hiraku026_main
hiraku_img
小倉ヒラク
発酵デザイナー
「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、東京農業大学の醸造学科研究生として発酵を学びつつ、全国各地の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作やワークショップをおこなっている。『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。自由大学や桜美林大学等の一般向け講座で、発酵学の講師も務めている。2015年より新作絵本『おうちでかんたんこうじづくり』とともに、「こうじづくり講座」を全国で展開中。著書『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(木楽舎)が絶賛発売中!

 味噌汁飲んでますか?発酵デザイナーの小倉ヒラクです。

実は僕、夏のはじめに上梓した新著『発酵文化人類学』の出版ツアーやプロモーションで慌ただしくしておりまして、ちょっとご無沙汰しておりました。

(おかげさまで新著は怒涛の重版出来を重ね、ベストセラー街道を突っ走っています)

 

ということで。
三ヶ月ぶりのコラムは、読者の皆さまがほとんど食べたことないであろう、ミャンマーに住むシャン族の料理について書こうじゃないか。

 

納豆に高菜漬け。日本料理によく似たシャン族の食文化

今年のはじめに、国際交流プログラムでミャンマーの料理家と一緒にアジアの発酵食を語るというイベントにお呼ばれしました。

 

その時にご一緒したのが、ミャンマー東部シャン州を中心に東アジア一帯に独自の文化を持つシャン族の伝統を受け継ぐ料理人、スティップさん。彼が繰り出すシャン族の伝統料理がものすごく発酵まみれだったのだよ。

 

その日のメニューは例えばこんな感じ。

豆を固めて乾燥させた納豆を使ったチャーハン、発酵させた高菜漬けや、酸っぱい発酵茶を刻んだ炒め物、豚のミンチを発酵させたソーセージなど。頭から尻尾まで発酵しまくりでめちゃかぐわしい。どひゃー!

 

【第6回】茶のルーツは中国にあり!発酵茶の奥深き世界を覗いてみる

 

とりわけ印象的なのは納豆。

冒険家の高野秀行さんが『謎のアジア納豆〜そして帰ってきた日本納豆』という本で詳しく取り上げているところによると、このシャン族の納豆は日本のネバネバの糸引き納豆とは違う進化を遂げた東南アジア的納豆なのだね。

このミャンマー・シャン族の納豆にはいくつかのスタイルがあるのだが、基本のひとつは、おせんべいのように加工した大豆に菌をつけて発酵させたもの。この納豆せんべいをインドにおけるチャパティのようにパリパリ食べる。

 

「えっ?ネバネバに糸ひいてなかったら納豆じゃないのでは…?」

 

と思うかもしれないが、実は日本で主流の糸引き納豆は数多ある納豆のスタイルの一つにしかすぎない。HIP HOPにもギャングスタ・ラップやオールドスクール、ラガマフィンなど様々なスタイルがあり、しかも中南米のスペイン語ラップやフランスやアフリカのフランス語ラップなど、言語によっても音楽の傾向が違う。納豆も同様で、大陸の納豆ではそこまで糸を引かない菌を使う。

 

もうちょいマニアックに言えば、日本の糸引きスタイルの納豆を発酵させる納豆菌は「枯草菌」というジャンルの細菌類に属する。

ャンマー・シャン族のおせんべい納豆は糸を引かない納豆菌で発酵させている。匂いや風味は日本の納豆に共通している部分が多いのだが、テクスチャーはまったく違うものになるのだね(ちなみに日本にもこのような糸を引かない納豆菌を使う発酵食品が存在する。それは沖縄の豆腐ようだったりするのだがその紹介はまた別の機会に)。

 

【第7回】島全体が発酵室!沖縄が発酵天国すぎた

 

スティップさんに詳しくこのおせんべい納豆の使用法を聞いてみたところ、

 

「そのまま食べる場合もあるけど、これを砕いて醤(ひしお)みたいなものと混ぜてお味噌みたいにもう一度発酵させて調味料に使ったりするよ」

 

とのこと。なんと、シャン族の食文化では納豆を日本における麹のように発酵のスターターとして使うようなのだね。基本はそのまま食べる日本の糸引き納豆と違い、シャン族の納豆はかなり応用が効く。なぜなら匂いも風味もテクスチャーも日本のものよりも穏やかだからだ。菌の違いが発酵食品の役割に違いを生み出しているんですねえ。びっくり!

 

このように、納豆ひとつとってもシャン族の発酵文化は奥が深い。川魚を乳酸菌で発酵させた熟れ鮓(なれずし)のような料理や、高菜漬けを同じく乳酸発酵させた漬物など、日本各地の郷土発酵文化を彷彿とさせるレシピのオンパレードなんだね。

 

食べて身体を癒やす。薬膳としての発酵食

スティップさんの料理を食べていると、和食の起源である「東アジアの食文化」のコンセプトがなんとなく見えてくる。

 

それは「食べて身体を癒やす」というコンセプトなんですね。

考えてみればだよ。日本ほど医療も冷蔵技術も大規模流通も発達していない国において、病気になることは一大事。ちゃんとした設備のある大病院で薬を処方してもらったり、手厚い看護のもと入院できるのは一部の都会に限られる。

 

となると、まず「病気にならない身体」をつくることが必要になる。

その身体をつくるのは、もちろん日々の食事だ。

食べるたびに元気が湧いてきて、病害菌を防ぎ、適切に排泄物をデトックスし、暑さや湿気にやられないように汗を出して代謝機能を整える日々の食事。

 

これは薬としての食事。つまり「薬膳」だ。そして東アジアの食の起源において、薬膳は特別なものではなく、日々の食卓に標準インストールされたものだった。そのコンセプトは、東アジアの食の王様である中華料理の「医食同源」という言葉にあらわされる。

 

発酵技術がもたらす「腐敗を防ぐ」「身体の代謝活動をサポートする」「栄養機能を強化する」という効果は、薬としての食事の大事な要素なのだね。発酵ってほんとにスゴいんだぜ。

 

中華料理をはじめとして、シャン族の料理も和食も植物の酵素を活かす」「微生物の発酵を活かすことによって、日々の食卓を予防医療の領域まで高めることに成功したのであるよ。

 

現代文明に住む僕たちは、ともすると食べることを後ろめたいことだと思ってしまう。「血圧や血糖値が気になる…」「太ってお気に入りの服が似合わなくなる」とかね。これは食べることを「身体を悪くする行為」だと無意識に思ってしまっているからかもしれない。

 

でもね。くどいようだけどもう一度言う。

僕たちの食の起源は「食べて身体を癒やす」ものなんですよ。毎朝1杯のお味噌汁を飲んだり、友達と一緒に美味しいお酒を楽しむことは本来「身体を癒やす行為」なんだね(度をすぎると毒だけど)。

 

東アジアに伝わる発酵文化には食べれば食べるほど元気が出てきて体調がサイコーになっていく知恵が凝縮されている。シャン族の料理を食べているうちに、和食のルーツである「東アジアの医食同源コンセプト」が見えてくる。

 

それはつまり、フリースタイルダンジョンに出てくるラッパー達の系譜を紐解くと、アメリカのオールスクール(アフリカ・バンバータ)に辿り着き、そこからさらにアフリカ土着のルーツ・ミュージックが見えてくるような構造なのであるよ(ホントかよ)。

 

それではごきげんよう。うぇいよ〜!

 

【追記】スティップさんのつくるシャン族伝統の発酵料理は、高田馬場の駅前にある「ノングインレイ」というミャンマー料理屋さんで味わうことができます。今回の記事で興味持った方はぜひ遊びに行ってください。