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【第11回】淡路島の海辺で、夕陽を見ながら食べる塩むすびの幸せをぜひ語りたい

淡路島で食べる塩むすび

 

味噌汁飲んでますか?
発酵デザイナーの小倉ヒラクです。

2回に渡りヨーロッパの食文化について書きましたが、そろそろ日本に戻りたいねぇ。

 

ということで。

今回は淡路島の海辺で体験した「塩の原点」について語るぜ。

 

ちなみに今回はサイエンス濃度高めです。あきらめずに読んでね!

 

 

淡路島の海辺の小屋で、ひとり塩をつくる男がいる

僕の友人に、ナイスな塩屋がいます。

サラリーマンを辞めて淡路島に移住し、海辺の小さな小屋を借りてたったひとりで塩をつくりはじめたという、映画か小説にでも出てきそうな不思議な生業をしています(最近はデザイナーのお嫁さんが仕事を手伝って、ちょっとずつ彼の塩が広まっている様子)。

 

彼の製塩の方法は超絶シンプル。

海水を小屋に引いてきて、それをゆっくり煮詰めて結晶化させる。

原理的にはこれだけなのね(その中にも細かいテクニックはあるんだけど)。

 

ある種、島国日本の塩の原点と呼べそうなそのシンプルな海水塩。ひとくち舐めてみると、塩辛さよりも甘味が先に来るんだなあ。

 

では、この甘さを発酵デザイナー的に掘り下げてみよう。まず、この海水塩には「糖分」は含まれていないと思われる(ショ糖とか果糖とか言われるものね)。

 

ただ、海水が結晶化したものなので、そこには塩の主成分の塩化ナトリウム(NaCl)の他に、マグネシウムやカルシウム、カリウムなどのミネラル成分が含まれている。このミネラルが塩化ナトリウム本体にわずかに感じる旨味を増幅させ、その結果「なんか甘いかも」という風味をつくり出すのだと思われる。

 

そう。プリミティブな塩には海水に溶け込んだミネラルを中心とした諸成分からなる「雑味」が10〜20%程度存在し、それが塩自体に独自の風味を与えている、つまり「調味料」たらしめているのだよ。

 

「えっ、なんかムズカしい…。ヒラク君は何が言いたいのかしら?」

 

そうね。

 

「塩は美味しいよ」ってことを、君に海辺で囁きたいのさ(←どんなキャラだよ)。

 

 

意外と知らない塩のバリエーション

塩ってさ、特に何も考えずにスーパーで特売のヤツを買うでしょ。

 

でもさ、棚の上のほう見てみると、なんか高いヤツあるじゃん。あいつら何で高いかっていうと、手間のかかるつくり方をしているからなんだね。

 

では以下、塩の種類の説明をざっくりしてみよう…の前に、まず僕たちが「塩味」と呼ぶ正体であるところの「塩化ナトリウム」ってのは、そもそも何なのかからお話しする(一見、回り道のようだけど、これを先に説明すると塩の意味がわかりやすくなる)。

 

塩化ナトリウムは、物資的にいえばNa(ナトリウム)にCl(塩素)がくっついた固形物質。酸素が物質にくっつくと「酸化」と言うように、塩素が物質にくっつくと「塩化」と言う。で、このナトリウムは、人間をはじめ多くの高等生物が生きていくために必須の重要なミネラル分。ただ、ナトリウムってそれだけだと危険な劇物なので、塩化して無害化したものをペロペロ舐めたり料理に放り込んだりするわけさ。

 

で、この塩化ナトリウムってのは、通常は海水のなかに溶けている。じゃあ海水をそのまま飲めばいいじゃんか、ということになるのだが、浸透圧によって身体から水分が抜けて脱水症状になる。なら鍋にダシとして入れてみたらどうだ!と試すと、すごーく苦くてマズい風味になる。

 

そこでたどり着く結論が「液体に溶けている塩化ナトリウムをもう一度結晶化させてペロペロ舐めたろ」ということなのであるよ。

 

さあこの理屈を踏まえて塩の種類を見てみよう。

 

① 岩塩

地殻変動によって海底が隆起した時や、海水が流れこんだ湖が干上がった時に、海水から水分が蒸発していく(有名なボリビアのウユニ湖なんかがそう)。すると、通常海水に溶けている塩化ナトリウムが再び結晶化して、鉱物状になる。これを岩塩と言うんだね。

 

ほら、よく自然食品店で「ヒマラヤ岩塩」なんて名前で売られているキレイな色の石があるでしょう。あいつを粉にすると、塩になるんだよ。

 

この岩塩は、ヨーロッパやアメリカにおける「こだわってる系の塩」の代表格(地質的にも岩塩がいっぱい採掘できるらしい。僕も現場を見に行ったことがないからぜひ行きたい)。

 

欧米において流通しているものは、さすがに岩塩そのままではなく食用に適さない不純物を取り除いて出荷している。なんだけど、その土地に特徴的に含まれる物質(例えば硫黄とか鉄分とか)を活かしたものなんかは、結構ハードかつガツンとくるヘヴィメタルのような趣がある塩でした。ヒマラヤ岩塩とかは、色のわりにそんなにキツくない味、という印象。

 

② 海塩

岩塩を自然の力によって結晶化させる塩とするならば、海塩は人間の力によって結晶化させる塩と言えるでしょう。日本の伝統的な製塩法はこの海塩。伝統的に主流をなしていたのは、塩水を地面のうえに撒いて太陽や風の力で風化させていく「塩田方式=人工塩湖」。ただ、歴史を遡ると、海藻の表面にくっついた海水を蒸発させる手法や、僕の友人のような海水をそのまま炊くようなクラフト色の強い製塩法もあります。

 

で。この海塩の味なんだけど、一言でいえば「まろやか」なんだね。

フツーに特売で安く売っている塩よりも味の粒が細かく、甘味や旨味を感じる。ハードな岩塩と比べると、味のあたりがやわらかい。味的にも和食に合う塩なんですね。

 

③ 精製塩

岩塩・海塩ともに「とにかく塩化ナトリウムを結晶化させてえ」というモチベーションから生まれた製塩法。近代化学の発達とともに「ならば工業的に純粋塩化ナトリウムを取りだそうではないか」という流れになるのは当然。

そこで海水に高い電圧をかけ、電気分解を行うことで効率的にほぼ100%純粋な塩化ナトリウムを取り出す技術が開発され、今までやたら人の手間がかかっていた塩づくりが工業化し、市場価格がめちゃ下がってスーパーで特売品になるに至る。

 

普段僕たちが食卓で使っている、あるいは外食や加工食品に使われる塩はほとんどこの精製塩。岩塩や海塩と舐め比べてみると、明確に「塩ッス!!よろしくッス!!」という、混じりけのないストレートな塩味を感じる。

 

他にも色んな製塩法があるらしいのだが、それはまた僕の研究が深まってからにしたいと思います。

 

 

塩にとって「美味さ」とは何か?

塩ってのは、調味料なんですね。

で、調味料ってのは、それ単体で味わっても美味くなきゃあいけない。

(ちなみに発酵デザイナーの研究の原点は発酵調味料です)

 

だとすると、精製塩ってのは塩味をつけるには便利だけど、いい調味料とは言えないんだよね。じゃあ美味さってのは何なんだ?って話になるんだけど、これは「雑味の調和」であるというのが僕の答え。

 

えーとね。
例えば、お酒なんかがわかりやすい例。

 

お酒のお酒たる成分って、アルコールですよね。でも、純粋なアルコールって飲めたもんじゃない(実際にはスピリタスというほとんど純粋アルコールのような恐ろしい酒があるのだが)。

アルコール分以外の、甘味や酸味、コクや旨味、苦味や香りなど、様々な要素=雑味が良い感じでハーモニーを奏でたとき、そこに「美味さ」が発生する。

 

まあなんだ。僕の連載を読んでるようなこじらせ女子諸君にとって「ただただ優しいだけのふんわり男子」とか一瞬で飽きるでしょ。それとおんなじで、主成分が優しさで、そこに若干の毒舌や強引さや過去に秘められた傷…のような雑味が適度に調和した男子が「美味し!この男子、まことに美味であることよ!」という風情になるわけじゃないですか。

 

だから、周りにいるうすーーーい塩分控えめ男子をすくってきて、そいつを時間かけて釜で煮詰めて煮詰めて煮詰めまくって、繊細かつ濃厚かつ風味豊かな「海塩系男子」に仕立てて、素敵なラブライフを謳歌すると良いと思うよ。

 

それでは冒頭のお話に戻ります。

淡路島の仲間たちから海辺のディナー会に招待された時のこと。

 

水平線に夕陽が沈んでいくのを眺めながら、目の前の海水からつくられた塩だけで握ったおむすびを食べたんだけど、これが感動するほど美味しかったのさ。

 

同じく淡路産のお米のモチモチ感とかぐわしい香りに、海水塩の甘味、旨味、さらににがりのほのかな苦さが加わり、「米と塩」というたった2つの食材が織りなす高度なハーモニーに、「土と水」「陰と陽」「空間と時間」「具象と抽象」「怒りと響き」「ジキルとハイド」「タカコとヒロシ」など、哲学的なイマジネーションが僕の快楽中枢に殺到したね…(最後のネタは「フリースタイルダンジョン」のファンしかわからないが)。

 

日本の食文化において究極を追求していくと『最小限の素材に最小限の調味料を合わせる』というアルカディアが出現するわけだが、その極北はもしかして「究極の塩むすび」かもしれない。

 

 

それではごきげんよう。

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