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【第19回】一緒のほうが幸せなのに、あえて分けるというエロス。鯛茶漬けは最強の『逃げ恥飯』だ!

味噌汁飲んでますか?
発酵デザイナーの小倉ヒラクです。

 

今回、編集部からもらったお題は、『逃げ恥』。ガッキー(新垣結衣)と星野源の煮え切らない恋に、全宇宙の妙齢男女が悶絶しているドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系火曜ドラマ)です。

 

僕 「えっ…、発酵とか食べ物とか関係ないですよね?」
編 「読みたいんです…!ヒラクさんが『逃げ恥』をどう見ているのかを…!」

 

そうすか。

 

じゃあ食メディアの場を借りて、今回は『焦らされるエロス』について語ろうじゃないか。

 

※ちなみに僕のブログで過去に公開したエントリーもご一読あれ↓

 

なぜKEYくんは「隣り合って」座るのか?『東京タラレバ娘』の倫子さんが不憫すぎる件

女子をこじらせて。パズルのピースを増やさない人生について

愛は理解することではないーぐるりのこと

 

***

 

焦らされ系エロス

 

『逃げるは恥だが役に立つ』をご存知ない方にざっくりとストーリーを説明するとだな。

 

心理学専攻で大学院まで行ったものの就活に全敗した「こざかしい系女子」のみくりさんが、父の知り合いのシステムエンジニア、平匡(ひらまさ)さんの家へ家事代行のバイトで通うことに。そのうち雇用主と従業員として意気投合した2人は、フルタイムの家事代行ビジネスとして「偽装結婚」するが、やがて段々と恋愛感情が芽生え、本物の結婚関係になっていく……

 

というストーリー。

 

「マンガみたいだな」と思ったそこのアナタ、ご名答。原作はマンガであるよ。

 

僕は連載初期の頃からの読者で、そうなると「ドラマ?原作の劣化版なんじゃないの?」と疑ってしまうのだが、『逃げ恥』においては、ドラマは原作ではよくわからなかったストーリーの本質※1)がよく見えてくる。

 

その本質とは何か。

 

「本来は一緒なものが、分けて出てくるとエロくなる」という「焦らされ系エロス」なのだよ。

 

※1)原作マンガの絵柄はとてもニュートラルかつ淡白なので、生身の人間(星野源&ガッキー)が演じるのを見てはじめて『逃げ恥』の根源的エロスに気づいた。

 

 

***

 

結婚を『素因数分解』したらどうなるか

 

それでは先に進もう。

 

『逃げ恥』のポイントは、「結婚を素因数分解したらどうなるか」という仮説にある。このドラマにおいて、結婚は「愛(セックス)」と「ビジネス(家事)」に分割される。みくり&平匡さんは初め、この2大要素のうち「愛」を排除し、「ビジネス」のみを採用する。

 

かつて哲学者のイヴァン・イリイチが社会学の名著『シャドウ・ワーク』で、主婦による家事を「報酬を受けない『影の労働』である」と提起したが、『逃げ恥』においては、「家事が賃金に変換される」というイヴァン・イリイチの世界観の過激な現実化が行われる。

 

でね。

 

純粋な「ビジネス」としての結婚は、逆説的に「エロス」を掻き立てる。

 

ちょっと話は飛ぶんだけどさ、僕がかつて美大の予備校に通っていた時に「ヌードデッサン」という文化がありました。素っ裸のお姉さん(たまにお兄さん)を囲んでその姿をデッサンする、という訓練。で、それしばらくやってると、だんだん裸を見てもドキドキしなくなってくるのね。

 

ところがある時に、冷え性なモデルのお姉さんが全裸に靴下だけ履く、という事件が起こり、教室内が激しくザワついた。

 

「全裸より、全裸+靴下のほうが、エロティック…!」

 

 

これと同じ原理で、「ド直球の恋愛結婚よりも、ビジネスという靴下を履かせた偽装結婚の方がドキドキする」、つまり「エロさがきわだつ」という状況が現出する。

 

ドラマの第6話で、偽装結婚が身内にバレないためのアリバイづくりとして、みくり&平匡さんは温泉に新婚旅行に行く。

 

カップル用の内風呂やキングサイズのベッドに困惑しつつも負けじと「これは新婚旅行を装った社員旅行なのだ」と煩悩を抹消しようとする平匡さんを見て、視聴者は「いや、どう考えてもセクシーシチュエーションだろ!」と悶絶し、なんなら「志村うしろー!※2)と叫びたい衝動にかられる。

 

※2)伝説的バラエティ番組『8時だヨ!全員集合』の志村けんのコントネタ

 

耳栓&アイマスクで一夜の煩悩を振り切った平匡さんを見て「ああ、このヘタレ草食系男子め。ワタシのこの高まった感情をどうしてくれる」とさんざん焦らされた挙句、「電車のなかでの不意のチュー」というリーサル・ウェポンが炸裂。「志村の頭にタライがバーン!」的なカタルシスが到来するのであるよ。

 

本来だったら一緒くたになっている「愛」と「ビジネス」をまず分割し、ストーリーの山場でまた一緒にしてみせる。この「分割→統合」というオペレーションによって発生する快楽こそが、『逃げ恥』の魅力だ。

 

 

***

 

逃げ恥飯=「鯛茶漬け」であるという仮説

 

さてここで読者の皆さまに、1点確認しておきたい。

 

この記事が、「食に関するコラム」であることを。

 

最初に定義した「本来は一緒なものが、分けて出てくるエロス」。これを体現する食べ物、名付けて『逃げ恥飯』が存在することをご存知だろうか。

 

それは何を隠そう

「鯛茶漬け」である。

 

鯛茶漬けとは「お茶漬けと、タレに漬けた鯛の刺し身をミックスして食べる」という、お茶漬け界における最高峰のエロスを湛えた魅惑のレシピ。みくりさんと平匡さんの「電車チュー」を見た時の興奮は、鯛茶漬けを食した時のそれに類似している。

 

それはなぜか。順次説明していこう。

 

まず、鯛茶漬けは「ご飯」と「刺し身」が分割されて出てくる。いきなりそれを混ぜてお茶漬けにして食べるのはシロートだ。セット一式が運ばれてきたら、まずはご飯と刺し身を別々のまま「刺身定食」として食べる。

 

本来なら「鯛茶漬け」であるところを、序盤は「刺身定食」に偽装させる。米のふくよかな香りと甘味はみくりさんであり、鯛の刺し身の淡白な旨味は平匡さんである。同じ食卓(家)に同居しているのに、この2つはカップルではない。

 

「刺し身定食」をある程度味わったら、いよいよ「お茶漬け」に移行する。茶碗に刺し身をタレとともにえいやっと投下し、その上から茶を注ぐ。

 

注がれるお茶の熱さは「情熱」であり「愛おしさ」……

 

そう、「ハグ」である。

 

この熱により、鯛(平匡さん)が覚醒する。生魚(ピーチボーイ)の臭みが抜け、お茶漬けにピッタリのホロホロの食感に変化する。浸透力半端ない!

 

この時、お茶漬を盛り上げるポイントが3つある。
「ワサビ」「薬味」「海苔」である。

 

鯛茶漬けは基本的に淡白かつ上品な食べ物であるゆえ、ややもすれば「食べごたえがない」という問題が発生する。しかしワサビを投下することにより、淡白さと上品さに「スパイシーな刺激」が加えられることになる。このワサビは、もちろん風見くんを指す。

 

そして、薬味やお新香を添えることにより、全体に「渋み」が生まれ、味わいがキュッと締まる。この奥行きのある存在感は、つまり沼田さんである。

 

海苔の役割も重要だ。タレがしっかり染み込んだ海苔は、食材がうっかり喉を滑り落ちてしまうのを防ぎ、旨味の安定・持続をもたらす。この安定感は、どう考えても百合ちゃんしかあり得ない。

 

全てのキャストが揃ったら、世間体をかなぐり捨て、全力でお茶漬けをすすり込む。バラバラに存在していた各食材の魅力が渾然一体となって押し寄せ、頭にデカいタライがバーン!と落ちてきたような強烈なカタルシスに悶絶する。

 

賢明な読者ならもうお気づきであろう。

 

このカタルシスこそが「電車チュー」なのであるよ。

 

序盤に、「お茶漬け」というマリアージュの誘惑をこらえ、「刺身定食」という偽装結婚を経ることで、筆舌に尽くしがたい快楽に出会うことができる。

 

エロスは「分割→統合」というダイナミズムに宿っている。

 

それは恋愛においても食においても同様の真理なのでエロよ。

 

それではごきげんよう。

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