小倉ヒラクの「発酵トラベルノート ~旅と醸しのおたのしみ~」

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【第21回】マインドフルネス入門にはゆで卵が最適!

マインドフルネス
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小倉ヒラク
発酵デザイナー
「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、東京農業大学の醸造学科研究生として発酵を学びつつ、全国各地の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作やワークショップをおこなっている。『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。自由大学や桜美林大学等の一般向け講座で、発酵学の講師も務めている。2015年より新作絵本『おうちでかんたんこうじづくり』とともに、「こうじづくり講座」を全国で展開中。著書『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(木楽舎)が絶賛発売中!

味噌汁飲んでますか?

発酵デザイナーの小倉ヒラクです。

 

皆さま、仕事に趣味にネットサーフィンに忙しいとは思いますが、「いま、この瞬間生きていること」に感謝と喜びを感じる時間を確保していますか?

 

過去を振り返って「ああすればよかった」と後悔したり、未来を思って「自分は何もできない」と焦ったりすることなく「今、こうして私があること、生かされていることの価値」をディープに感じること。

 

そう。マインドフルネスです。

 

誰かと自分を比べてしまい、焦燥感に苦しめられる現代人こそ、日常のなかにマインドフルネス状態になれる時間を確保する必要があります。

 

「じゃあ、どうやって確保するの?ヨガとか座禅とかハードル高いし…」

 

お答えしよう。

 

マインドフルネス入門に最適なのはゆで卵なのだよ。

 

 

***

 

週末の夕方、お風呂上がりに卵を茹でる幸せ

20代のサラリーマン時代、僕にはささやかな週末の「儀式」がありました。

 

週末の夕方、お気に入りの音楽を聴きながらゆっくりお風呂に入った後、キッチンで髪を乾かしながら卵を茹でる。

 

季節は初夏か秋の入口が良くて、キッチンの窓から差す夕陽をぼんやり見つめながらお湯を沸かす。沸騰したところにゆっくりと卵を入れ、卵が茹であがるのを待ち、そのあと冷たいビールかワイン(ロゼかスパークリングがいい)と一緒にゆで卵を食べる。この間、ずーーーーっと放心状態。仕事のことも人間関係のことも未来のキャリアについても何も考えず、ただただ「だんだん暗くなる夕陽・冷たい液体の喉越し・ゆで卵の食感」を味わい、プチ瞑想状態に入る。

 

個人的にベストな流れとしては、お風呂で聴く音楽はジョアン・ジルベルトの『イマージュの部屋』あるいは『3月の水』、飲み物はアサヒスーパードライ(ゆで卵によく合う)、卵のゆで加減は半熟と固茹の中間。平日に一生懸命働き、楽しく遊んだ週末の締めくくりにふさわしい「マインドフル卵タイム」とでも言いたくなる至福の時間だったね。

 

 

精神状態にあわせてコンディションを変える

この「マインドフル卵タイム」は、その茹で時間を己の精神状態にあわせてアレンジするのが好ましい。

 

「半熟と固茹の中間」の茹で時間は目安で9分30秒ほど。つまり10分弱の瞑想タイムを茹でながら過ごすことができる。

 

しかし、例えば自分の価値観を揺るがす事件があったり、転職や独立を考えていたり、誰かから心無い言葉を投げかけられてモヤモヤしている時は「固茹」にアレンジする。つまり12分程度の茹で時間=ロング瞑想タイムを確保する必要がある。前段のお風呂で聴く音楽はピンク・フロイドの『狂気』、合わせる飲み物はややボディのあるロゼワイン。心の奥底に降りていくような「ディープマインドフル卵タイム」を噛み締めて精神のゲシュタルト崩壊を回避したい。

 

あるいは、長い暗闇を抜けて絶好調期を迎え、上司には褒められ後輩からは「先輩憧れます!」とリスペクトされ、気になるあの人との初デートもいい感じ…という上り調子モードの時は「半熟」をチョイスしたい。つまり8分の茹で時間=ショート瞑想タイムで充分なのであるよ。

 

お風呂で聴く音楽はジョニ・ミッチェルの『ブルー』、飲み物はホワイトエールやスパークリングワインなどで軽やかな心持ちにしたうえで、しかし浮足立たないように「リラックスマインドフル卵タイム」をエンジョイすることで、週明けからの一週間が楽しみになる。

 

 

カラのむき方、調味料にも精神状態が反映される

焦燥感にかられている時は、茹で上がった卵のカラのむき方が荒くなる傾向がある。冷蔵庫から卵を取り出してすぐ茹でようとする余裕のなさが仇になる。

 

しばらく室温に置いてから茹でなければ、卵の表面の薄皮とカラがくっついてしまうからね。

 

さらに悲劇は続く。茹で上がった後、水で冷える前にいきなりカラをむき始めてしまう。これだとカラが細かく割れて、むくのに時間がかかる上に、白身が欠けたりしてしまう。こうしてできあがった月の表面のようなクレーターいっぱいのゆで卵は、あなたの精神状態の反映なのであるよ。焦っている時ほど、準備も仕上げもていねいに時間をかけ、心を整える必要がある。

 

調子がいいときは心に余裕がある。

 

しっかり常温に戻して卵を茹で、茹で上がったらしっかり冷やしてキレイにむく。その滑らかで鏡のような卵のテクスチャーは、空海が厳しい修行の後に辿り着いた透明な悟りの境地のごとし。

 

最後に、調味料について。

 

ゆで卵に合わせる調味料の基本は「塩」だ。卵と飲み物の味を引き立たせ、瞑想に集中することができる。

 

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しかし、マヨネーズが捨てがたいという気持ちもわかる。ワインと合わせるのにはクドいのだが、キレのあるビールならたまにはいいかもしれない。

 

他にも僕がお気に入りなのは粗挽きマスタード。気持ちを引き締めたい時にピッタリだ。さらに小さじ一杯の塩麹という手もある。バスペールエールのようなしっかりめのクラフトビールに合わせるとリッチなメディテーション(瞑想)を堪能することができる。

 

卵の茹で上がりを待つほんのひとときの時間。それは情報にまみれた現代人にとっての瞑想タイム。自分を取り戻す時間なのであるよ。

 

 

幸せは「得るもの」ではなく「気づくもの」。

 

そして卵は「茹でるもの」。

 

 

それではごきげんよう。