小倉ヒラクの「発酵トラベルノート ~旅と醸しのおたのしみ~」

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【第22回】なれずしはおじさんの涙の味がする

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小倉ヒラク
発酵デザイナー
「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、東京農業大学の醸造学科研究生として発酵を学びつつ、全国各地の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作やワークショップをおこなっている。『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。自由大学や桜美林大学等の一般向け講座で、発酵学の講師も務めている。2015年より新作絵本『おうちでかんたんこうじづくり』とともに、「こうじづくり講座」を全国で展開中。

味噌汁飲んでますか?

発酵デザイナーの小倉ヒラクです。

 

気付けば僕も30数年も生きながらえてきて、フレッシュな青年というよりはジワジワと「おじさん」になってきているなと日々感じます。

 

徹夜できないし、多量の炭水化物を消化できないし、空き時間はカフェじゃなくて銭湯に行きたい。ドラクエでいえば「がんがんいこうぜ」から「いのちをだいじに」への移行期。それがおじさん。

 

体調面でも変化を感じますが、それよりも顕著なのが精神面の変化。

 

おじさんになると、ふと瞬間に「抽象的な悲しみ」を感じることがあります。20歳の時に感じる悲しみは「自分が何者かわからない焦燥感」ですが、おじさんが感じる悲しみは「自分がたいしたことのない存在であることが判明してしまった諦め」なんですね。青年のマグマのようにカラフルな悲しみに比べて、おじさんの悲しみは深津絵里のような透明感と切なさに溢れています。

 

 

でね。

 

僕、仕事柄色んな土地を訪ねてたくさんの人に会う機会が多い。

 

日中にトークイベントに出たり、調査や視察をしたりするじゃないですか。そうすると夜になったら土地の人が僕のことをもてなす飲み会を開いてくれたりします。

 

その土地のものを食べて、土地の人たちと愉快に話す。こんな幸せなことないんですけど、宴の最中にふと「悲しみ」を感じることがあります。

 

「人にもてなされる価値が、自分にはあるのだろうか?」

 

「今、愉快に語り合っている僕たちも、明日になったらみんな自分の生活に帰っていくんだ」

 

「新たな出会いも大事だが、そもそも大切な誰かをぎゅっと抱きしめてあげられているのだろうか?」

 

「世界はそれを愛と呼んでいるのだろうか?」

 

 

と、居てもたってもいられなくなり、「こっちに住んでる友人と久々に会うんで」と二次会を失礼し、その足で街場のローカル小料理屋(寿司屋でもいい)の暖簾をくぐり、カウンターでひとり悲しい酒を飲む。これがまた格別においしいんだよ。

 

「予定がある」とか嘘!

 

おじさんはひとりで飲みたい時があるんだYO!

 

 

***

 

おじさんは、悲しみの涙を肴に飲む

 

おじさんは、悲しみの涙を酒の肴(さかな)にひとり酒を飲む。

 

しかし、リアルに涙をペロペロ舐めながら飲んでいたら社会的にアレな感じなので、「悲しみの涙に近しいテイストのおつまみ」をオーダーすることになる。

 

そしておじさんは消化機能が衰え気味であるので、ガッツリしたものよりは小皿からチビチビ食べるものが好ましい。

 

さらにおじさんは自分の人生経験と比例するように、複雑な風味のものが好きになっていくので、塩気のあるものといってもフライドポテトとかよりは和食の発酵食品が好ましい。つまり、

 

・悲しみの涙に近しいテイストの

・チビチビ食べる

・複雑な風味の和食発酵食品

 

となれば、これはもう圧倒的かつ必然的に「なれずし」の登場ということになるわけなのですなあ。

 

 

 

「なれずし」とは何か?

 

ではここで、ざっくりとなれずしの解説をしましょう。

 

フナやアユなどの内臓を抜いて塩漬けにし、その後さらに飯米を魚の身の中に詰め、それを何段にも重ねて石で重しをして発酵・熟成した漬け物です。

 

数日〜数週間の浅漬けだと、鯖寿司のようなあっさりとしたテイストに。数ヶ月〜数年の深漬けだと、お米がドロドロに溶けたチーズのようなテクスチャーとなり、なんともいえない濃厚な香りと旨味をたたえた「ハードに醸されたおじさん的珍味」になります。形状は3タイプあって、浅漬けはだいたい「押し寿司」みたいな感じで、深漬けは「ペースト状のお米のまわりに魚の身が巻いてある」みたいな感じ(イラスト参照)。なお、何年も発酵させたハードコア深漬けはなんかもう全部解けちゃって濃いベージュ状のドロドロみたいになっているものがあったりしました。

 

なれずしで有名なのは滋賀のフナを漬けたふなずし。おとなりの岐阜にはアユを漬けたなれずしの文化があります。本場でなくとも、通好みの小料理屋や居酒屋さんでは結構見かけるメニュー。特に関西や山陰のほうでは「酒飲みのスタンダード珍味」と言って良いんじゃないでしょうか。

 

さてこのなれずし、どのように発酵しているのかというとだな。

 

魚の身にあるタンパク質、お米にあるでんぷん質などを複数種の乳酸菌と酵母で分解し、酸味や旨味、独特の香りをつくっていく。

 

漬けた時点の原料はめちゃくちゃしょっぱいのだが、発酵が進むと旨味と酸味が塩気をまろやかにする。モノによっては醤油よりも濃い塩分濃度(20%以上とか)だったりするので、チビチビ食べるには最適なのだね。

 

塩漬けは万国共通の「腐敗防止テクニック」。

 

塩分濃度が10%を超えると、腐敗を引き起こすばい菌たちは生きていけない。しかしある種の発酵菌(特殊な乳酸菌や酵母)は高い塩分に耐えて、塩漬けのなかで繁殖することができる。

 

つまりだな。塩で悪い菌を防ぎ、同時に良い菌を呼び込むという先人の知恵なわけですね。

 

なれずしの歴史的な意義は、「シーズンにたくさんとれた魚を無駄なく保存する」ということにあったわけです。

 

 

 

タイト発酵とオープン発酵

 

なれずしは、魚の下処理や塩の量、重しのバランスなどで味が変わってきます。色々ななれずしを食べてみた結果、大別すると

 

●タイト発酵なれずし

●オープン発酵なれずし

 

の2タイプがあることがわかりました。

 

魚の内臓を徹底的に取り除き、しっかり塩を入れ、バッチリ重しをすると澄んだ酸味が特徴の「タイト発酵」になります。

 

一方、魚の内臓が一部残っていたり、塩の分量が厳密でなかったり、重しがゆるいと、おじさんの加齢臭のような独特の香り(これを無精臭といいます)と、おじさんの人生のような珍妙な風味が発生します。これが「オープン発酵」

 

一般的にクオリティが高く、万人にオススメできるのはもちろん「タイト発酵」なのですが、おじさんのひとり酒には「オープン発酵」のなれずしも悪くないと思うんですよね。

 

深津絵里の涙を舐めたらさぞ澄み切った風味だと思われますが、おじさんの涙は「しょっぱさ」が醸されて「酸っぱさ」にアセンションしているわけで。

 

だから、おじさんはなれずしを食べるわけで。しかも自分の人生と同じく、微妙な出来のなれずしをむしろ好んで食べるわけで。母さん、今日も雲がきれいです…。

 

オープン発酵なれずしは、ぜひ日本酒に合わせてもらいたいものです。純米酒の燗酒なら、おじさんなれずしの珍妙さを受け止めて、やわらかい旨味に変えてくれます。タイト発酵なれずしなら、吟醸冷酒なんかもセンス良い感じでキマリますよ。

 

街場のローカル小料理屋のカウンターでなれずしと日本酒でひとり酒、なかなか結構ではございませんか。

 

 

…とか言うと、「はいはいはい!ワタシもおじさん!名誉おじさん!そのカウンターに私も座る―!!!!」と息巻くこじらせ女子も登場しそうですが、絶対ダメー! おじさんの聖域を守らせておくれ。

 

 

それではごきげんよう。