小倉ヒラクの「発酵トラベルノート ~旅と醸しのおたのしみ~」

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【第24回】地底から這い上がったタラレバ娘が最初にありつくカルボナーラ

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小倉ヒラク
発酵デザイナー
「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、東京農業大学の醸造学科研究生として発酵を学びつつ、全国各地の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作やワークショップをおこなっている。『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。自由大学や桜美林大学等の一般向け講座で、発酵学の講師も務めている。2015年より新作絵本『おうちでかんたんこうじづくり』とともに、「こうじづくり講座」を全国で展開中。

 

味噌汁飲んでますか?発酵デザイナーの小倉ヒラクです。

ここ数年、少女マンガウォッチングが日課なのですが、最近ちょっとモヤモヤしていることがあります。

 

『東京タラレバ娘』のテレビドラマ版が、なんかしっくりこない…!

いや、吉高由里子さんはキュートだし、原作の世界観もちゃんと再現されているし、タラ&レバのキャラクターもCGで登場するし、何で満たされないのか自分?

 

…と自問自答で眠れぬ幾夜を過ごしたあと、突如悟ったわけです。

 

『タラレバ娘たちは、別に応援などされたくない』

 

ということに。

 

「恋も仕事も頑張るオトナ女子、応援するよっ☆」と妙齢女子たちにエールをおくるテレビドラマ版と、「オマエらいい歳こいて茶番はよせ!」と妙齢女子たちを容赦なく地の底に突き落とす原作マンガ版を比べてみると、『東京タラレバ娘』がこんなにも支持される本質が見えてくるタラ。

 

 

『東京タラレバ娘』のカタルシスとはなにか。

 

恋も仕事も頑張る独身の妙齢女子たちは、自分で自由に使えるお金を持っているだけに、マーケットからチヤホヤされがちだ。テレビや雑誌のCMで「働く女子、応援します!」というメッセージが溢れまくるその裏には「応援するからウチの商品買っとくれ」という本音が隠されている。

 

しかし『東京タラレバ娘』の作者、東村アキコ先生から送られるメッセージはそんな二枚舌は使わない。

 

「アンタら…、ゆるふわで生きていけると思うなよ…この世はサバイバルじゃ!」

 

と妙齢女子たちのファンタジーを木端微塵に打ち砕き、現代社会における「リアリティの暗い地の底」に突き落とす。

 

でね。ここから先がポイントなんだけどさ。

妙齢女子がさ、地の底に落ちるじゃん。その漆黒の絶望のなかで呟くわけよ。

 

「もう生きていけない…」

 

と。すると、ちょっと離れた場所から別の呟きが聞こえてくる。

 

「ワタシももう生きていけない…」

「ワタシも…」

「ワタシだって…」

 

だんだん暗闇に目が慣れてくると、地底に無数の闇の妙齢女子が蠢(うごめ)いていることがわかってくる。

 

「どん底に落ちていたのは、ワタシだけではなかった…!」

 

ということがわかった瞬間、「絶望」は「連帯」へと変わる。

「もう生きていけない…」という何十万もの呟きが寄り集まってできる絆(きずな)。

地底で、泥まみれになった闇の妙齢女子たちが、ガシッとスクラムを組む。

 

「登ろう!地上に!」

「自分の人生は、自分でつかもう!」

「生きろ…!」

「生きねば…!!」

 

この「どん底で生まれる絆」が『東京タラレバ娘』におけるカタルシスだ。

確かに恋愛事情はグダグダかもしれない。仕事も順風満帆とは言えないかもしれない。しかし、苦難を分かち合える盟友(とも)がいる。

 

『東京タラレバ娘』というストーリーを通して、地底における強固な共同体が創出された。誰に応援されずとも、彼女たちは自力で地上に戻ってくる。

 

テレビドラマ版がしっくりこない理由は、妙齢女子に対して「とりあえず応援しておけば元気になるんでしょ」という見せ方にしてしまったからだと考える。

人生における修羅場を少なからずくぐり抜けてきた彼女たちに、それは響かない。そんな応援よりも大事なのは、シビアな現実への共感をともにできる戦友(とも)なのだレバ。

 

自分への愛も、他人への愛も、どん底から始まる。

己のいる場所を客観視できれば、次のアクションも見えてくるものだ。

 

 

地上に戻った闇の妙齢女子はカルボナーラにありつく

 

「しかしヒドいな。ヒラク君の最近のコラム、話の枕が長すぎじゃないか?」

「食のWEBマガジンなのに、いったい何をやっているんだ?」

「もしや、ついにネタ切れになったのでは…?」

 

ふふふ。アンタがた、何もわかっちゃいねえな。ちゃんとこの枕には意味があるんだよ。僕のコラムには無駄は一切ない!むしろ全てが無駄!

 

地底から這い上がってきた、疲労困憊(こんぱい)の闇の妙齢女子たちは何を食べるのか?

それは、カルボナーラ・スパゲッティなのであるよ。

 

優れた映画人であるとともにエッセイストでもあった伊丹十三の著書『ヨーロッパ退屈日記』のなかにも出てくる、イタリア・ローマ発祥のシンプルなレシピで、日本でも比較的メジャーなパスタだ。

カルボナーラの起源については諸説あるのだが、僕が1番好きなのは

 

「炭鉱夫がハードな肉体労働を終えた後のエネルギー補給としてできたレシピ。炭が舞うように、黒胡椒をパスタのうえに振りかけて食べる」

 

というエピソード。伊丹十三の紹介しているオリジナルレシピを見るに、確かにハードな労働をこなした後にササッとつくれる簡単明瞭な料理だ。僕もたまに深夜まで仕事した時に夜食でつくったりする。

 

1.鍋にたっぷりお湯と塩を入れてパスタを若干固めに茹でる

2.フライパンにオリーブオイルを多めに入れて、刻んだニンニクと厚切りベーコン(イタリアではパンチェッタかグアンチャーレ)をカリカリに炒める

3.茹で上がったパスタに、フライパンで炒めたオリーブオイルと具材を投入

4.パスタに卵黄を入れてかき混ぜ、黒胡椒と粉チーズをたっぷりかける

 

だいたい10分か15分くらいで完成。ポイントは、オリーブオイルとベーコンと胡椒の量をケチらないこと。「えいやっ!」と多すぎるぐらいの量を入れるとカルボナーラっぽくなるよ。

 

地底(炭鉱)から疲弊しきって戻ってきた時にエネルギー補給として食べるパスタ。これはつまり『東京タラレバ娘』を読んで地の底に叩き落された闇の妙齢女子たちのためのレシピだ。

過酷なリアリティと格闘してボロ布のように疲れ切り、泥と煤(すす)にまみれ、薄汚れた闇の妙齢女子が帰宅して最初にありつくのが、カルボナーラなのであるよ。

 

 

闇の妙齢女子向けにレシピを若干アレンジする

 

さっき紹介したオリジナル・レシピは、実は素材のクオリティが厳しく問われる。ベーコンはきちんと脂が乗った厚切りでないといけないし、胡椒もミルで粗挽きにしたものでないと風情がでない。パスタも特売で売っているヤツだとちょっと力不足で、チーズも本当は粉パルメザンではなくペコリーノチーズをおろし金でガリガリすりおろしたヤツがいい。

 

シンプルすぎるレシピは、往々にして料理のハードルを上げてしまう。

ふだんから自炊にこだわりまくっている独身女子(男子)なんてそう多くないだろうから、実はオリジナルレシピはそんなにオススメできない。

身近に手に入る材料だけでカルボナーラをつくると「ボソボソした焼きそば」みたいな残念なブツができてしまう。

 

そこでちょっとアレンジを加えたい。上記オリジナルレシピに、

 

・[2]のベーコン・ニンニクを炒めるところで、一緒にざく切りした長ネギを炒める

・最後に卵の白身を泡立てたものか、生クリームを少量パスタに絡める

 

この工程を加えます。

 

クリームを足すのはレストラン風に上品に仕上げるための常套(じょうとう)手段。風味がまろやかになります。

 

ネギは僕の趣味です ( ー`дー´)キリッ/

カリカリに焦げたネギが香ばしい風味をつけるし、なんか半分焼け焦げた緑が戦に敗れた「もののあわれ」を感じるというか…

 

夏草や 兵どもが 夢の跡 by 芭蕉

 

このご時世「仕事も人間関係も美味しいものもぜーーーんぶ大事!」と色んなものを抱えて人生を疾走するのは大変ですが、ぜひとも深夜にひとりで、あるいは気心のしれた友だちと「もののあわれ」なカルボナーラをかっ食らってエネルギー(主に炭水化物)をチャージしまくってね。生きねば…!

 

応援はしない。しかし幸運は祈る!

グッドラック!