夏生さえりの「ティファニーで朝食を食べられなかった私たち」

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【第25回】終わりの儀式は“贈り物”で

ギフトボックス
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夏生さえり
ライター
出版社勤務を経て、Web業界へ。人の心の動きを描きだすことと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。 著書に『今日は、自分を甘やかす いつもの毎日をちょっと愛せるようになる48のコツ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン )はじめ、本連載に書き下ろしを加えた22篇のエッセイ集『口説き文句は決めている 』(kraken)が好評発売中!

恋人と時間を過ごしていると、「怒り続けるほどではないのだけれど、簡単に許すわけにはいかない」という出来事がたまに起こる。あれは本当に、扱いに困る。

 

何かの作業や小説のようにきちんと「終わり」が用意されていればいいのだけれど、人間関係のいざこざにおいては自分が「終わり」と決めなければ終わりは来ないわけで、でもきれいさっぱり「はい、この話は終わり!」というには、心が駄々をこねるような出来事も時には存在する。

 

たとえば、彼が失言をして、些細なことにもかかわらず悶々として簡単には許せない、とか。

 

そういうとき、上手に「終わり」を設けられるようになりたい。

 

たとえば、「じゃあ、あれを買ってきて」と贈り物を要求するとか。その場合、買ってきてもらうのは、できるだけ“贈り物らしい佇まい”をしているお菓子がいい。

 

わたしは、もし恋人と些細な喧嘩 —しかもそれが彼の失言によるもの— をした日には、恋人にはこんぺいとうを買ってくるように要求したい、と常々思っている。

 

あの青やピンクや黄色で着色された淡い砂糖のかたまり。

 

じゃりじゃりとした音、儚い味、星のような見かけ。食べているとどこか“甘やかされている”気分になれる。恋人がわたしのためにわざわざこんぺいとうを探して買ってきてくれたら、一瞬で許してしまうだろう。さらには、そんな面倒なことをしてくれる恋人がいたら、一生大事にしようとも決めている。

 

もちろんこんぺいとう以外でもいい。たとえば、きれいなチョコレイト、きれいなキャンディ、きれいなクッキー。

 

そういう要求をして、我慢することなく、喧嘩を終わらせていきたい。物事をきちんと終わらせていくことは、思っているよりも心の衛生にいいから。

 

喧嘩をしたあとの理想の二人を思い描くなら、こんな感じ。

 

 

***

 

 

「ごめんね」

 

彼はさっきから何度も謝ってくれている。

 

朝の最寄駅のホームで、機嫌を伺うような上目づかいで、申し訳なさそうな顔をして。こちらはというと、電車のいない寒々しいホームを見ながら腕を組んで怒っている。

 

こんなことになったのは、彼の些細な失言のせいだった。人に言うのははばかられるほど、些細なことだ。しょうがないことだとわかっている。わかっていてもどうしても心がズキンと傷んだのだ。

 

会社に向かうため、一緒に家から最寄駅まで歩いていたとき、彼が言ったのだ。

 

「あ、一緒に行った水族館、ニュースになってる」

 

ん?と思った。あれ?と焦った。不幸にも、彼はその時点では気づかなかったようだ。

 

「あのとき、めっちゃたのしかったよな!」

 

たったそれだけだった。心臓が不穏に跳ねた。

 

水族館で何があったっけ? 何が楽しかったんだっけ? 必死で記憶を辿るが、思い出せない。そして改めて確信する。

 

水族館に、わたしたちは行ったことがない。

 

「行ってない」

「あ…れ…!?」

 

誰にでも過去はあるし、記憶を間違えることだってある。間違えたことを責めるわけにもいかないし、けれど「あはは」と受け流せるほどわたしは大人じゃない。

 

「ごめんごめんごめん!」

「行ってないじゃん……行きたいって言ったけど、なかなか休み取ってくれなくて行けてないとこじゃん」

 

わたしにだって元カレはいるのだし。今、彼はわたしを好きでいてくれているのだし。その事実さえあればいいのだし。

 

だから、こんなことで怒るなんて情けない。わかっていても、どうしてもモヤモヤとした気持ちが広がって簡単には拭えない。

 

「ごめんー…」

 

かわいく怒って微笑んで、それでこの話は終わりにしたい。

 

そう本当は思っているのに、何かを言おうとすると喉の奥がぎゅっと締まって、心臓がツンと傷んで、唇に力が入る。わたしの知らない彼が、知らない女と仲良く手をつないで水槽を見ている様子が勝手に頭で再生される。こういうとき、みんなはどうやって解決するんだろう。

 

やみくもに怒ってはいけないというのは、大学生のときに学んだ。

 

あの頃は「シンジラレナイ。間違えるなんて最低」と反射的に怒鳴り散らしたりしたけれど、そんなことをしたって二人の関係が深まるものじゃないのはもう十分に学んでいる。でも。

 

 

そうしてしばらく黙り込み、気まずい空気が蔓延する。電車はそろそろホームへ滑り込んで、わたしたちはバラバラの電車に乗らなくてはいけない。このまま、別れるのはあまりにも心によくない。

 

「チョコレイト」

 

無意識に口をついてでたのがこの言葉だった。

 

「…チョコレイト?」

「そう。きれいな箱に入っているやつ」

「きれいな箱…」

 

彼は驚くほどの理解力で、わたしが「わらわの気持ちを鎮めるためにきれいな箱に入っているチョコレイトをプレゼントせよ」と言っているのを、一瞬で飲み込んだようだった。

 

一瞬流れた沈黙の間に、(めんどくさい女って思われたかしら)とか(なんで許してくれないのっていうかしら)とか1人で考え、反芻し、後悔しそうになったころで、彼は「うん、わかった」と安堵の笑みを浮かべた。

 

「それで許してくれるなら」と小さく笑って、視線を上に泳がせ、すぐに「大丈夫。今日時間作れそうだから、夜までには」と言う。

 

本当に悪いと思ってくれているんだ。そのこと自体に安心し、「そんなに急がなくていいよ」とつい笑ってしまう。

 

反対側の電車に乗り、出来事を反芻する。

 

楽しかったんだ。へえ。いいな。考えるとチクンと胸が傷んだ。

 

……でも、きっと彼は離れている間に“許しのチョコレイト”を探していることだろう。そう思うと、痛みがスッと消えていく。愛情は「記憶している過去」よりも「今どれだけ時間をかけてくれているか」にかかっていると、信じている。

 

 

夜になると、彼は約束通り、小さな箱に入ったチョコレイトを手に帰ってきた。

 

贈り物らしく特別なリボン(わたしが好きなブルーのリボンを、彼が選んでくれたらしい)がかかっている箱。

 

朝と変わらない顔付きで「ごめん」と差し出されたころには、胸の痛みはすっかりと消えていた。いや、もはや悲しさよりも、嬉しさが勝っていた。自分のために、探してくれたチョコレイト。仕事の合間に、どこかに寄ってわざわざ買ってきてくれた。それだけで、今とこの先と、そして彼の愛を信じられる。

 

「ありがとう。わがままなこと言ってごめんね」

 

そう謝って抱きつくわたしに、彼は「ううん」と答える。そうして「そうだ。それとね……」とガサゴソと鞄を探る。

 

「これ」

 

差し出された、2枚の薄いブルーの紙をじっと見つめ、わたしはこの事態を飲み込もうとする。今朝は怒っていたのに。チョコレイトで十分嬉しかったのに。彼はずるい。いつだって、喧嘩のあとにわたしをもっと好きにさせる術を知っている。

 

 

彼は言う。

 

「水族館。きみと一緒に行きたい」

 

 

 

***

 

 

は〜〜〜。これこれこれ〜〜〜!!

 

こんな完璧な恋人には会ったことがないけれど、こういう「終わり」があれば些細な失言さえも未来の愛情へと変わっていくんだろうな。

 

こういう“特別なモノ”って、男の人にもあるのかしら(いや、他の女の人にあるかどうかも謎だけれど)。

 

経験則的にいえば、男の人はモノで機嫌を直してくれない。だから男の人を怒らせてしまった時は大変だ。言葉を費やして、納得してもらう必要がある。必要なのは贈り物よりも、言葉というところだろうか。

 

わたしが許しとして贈り物を要求するならば、代わりに「言葉での償い」をしなければならないのだろうな。仕方ない、がんばるしかないか。と、思ったところで気づく。贈り物を要求するような恋人がいれば、の話だった。

 

 

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