夏生さえりの「ティファニーで朝食を食べられなかった私たち」

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【第26回】バレンタインの告白

バレンタイン
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夏生さえり
ライター
出版社勤務を経て、Web業界へ。人の心の動きを描きだすことと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。 著書に『今日は、自分を甘やかす いつもの毎日をちょっと愛せるようになる48のコツ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン )はじめ、本連載に書き下ろしを加えた22篇のエッセイ集『口説き文句は決めている 』(kraken)が好評発売中!

バレンタインが迫ってきた。

 

漫画やアニメでは、チョコレイトを手にして「好きです!」と告白するようなシーンが未だ描かれているが、本当にそんな出来事って今でも起こっているのだろうか?

 

少なくとも、わたしは「前日に一生懸命作ったチョコレイトを手に思い切って告白!」をしたことはない。バレンタイン直前には何かしらの告白しないほうがいい理由を集めて、“友チョコ”に走っていた。

 

もしかしたら学生の頃は、恋に一生懸命になることをどこか恥ずかしいと思っていた節があったのかもしれない。イベントごとに乗っかって、ベタに告白をするなんてダサいじゃん?と思っていたのかもしれない。

 

でも年を重ねて、「だからこそ一生懸命になるのがいいんじゃん!」と思うようになった。

 

要するに、誰もがちょっとだけ

 

「ベタなことするのってちょっと恥ずかしくない?」
「一生懸命になるのなんて恥ずかしくない?」
 
と思っているからこそ、ベタで一生懸命になることに価値があるんじゃないか…ということだ。

 

もし今、学生、それも高校生くらいに戻ることができるなら、片思いをしている人に“本命チョコ”とともに告白をしたい。それがたとえ学年でかなり人気の男の子だったとしても、ひるまずに。

 

 

***

 

 

「今日、森くんにチョコあげるの?」

 

下駄箱の前で靴を履き替えていると、親友のワカナが聞いてきた。背後では、他の同級生たちの「おはよう」の挨拶が飛び交っている。

 

「え、あげないあげない」

 

嘘だった。

 

本当は、カバンの中に入っている。昨日の夜2時までキッチンを占拠して焼いたパウンドケーキと生チョコ。

 

綺麗にラッピングをしたそれは、宝物のようにカバンの中に入れた。箱がつぶれていませんように、生チョコが溶けていませんように、と登校中はそればかりを考えていた。とっさに嘘をついてしまったのは、後ろでわたしの話を聞いているかもしれないライバルを警戒したからだけではない。

 

本当に渡せるか、まだ自信がなかったからだ。

 

森くんは学年で1番か2番を争うほどモテる男の子だが、どういうわけか彼女はいない。噂によれば好きな人がいるらしいが、それが誰なのか、誰1人として知らないらしい。

 

わたしと森くんは、以前数回だけ話したことがあって、それで他の女の子と同様にまんまと好きになってしまった。優しく笑うと下がる目じりは、何度も夢に出てきた。今日、きっと森くんにチョコレイトをわたす人がたくさんいるだろう。そりゃそうだ、あんなに素敵な男の子がいたら誰だって好きになる。あまりにベタだから、恥ずかしくてワカナにしか恋心を明かしていない。

 

授業は当然、頭に入ってこなかった。休み時間には、準備した友チョコ(ハートのクッキーを焼いた)を配って歩き、仲のいい男友達には義理チョコをあげた。

 

「はーい、チョコレイトでーす。義理だからね、義理!」

 

男友達が相手なら、こんな風に気軽に渡すことができるのに。チラリと横目で森くんを見ると、「ばちっ!」と音がなったかと錯覚するほど見事に目が合ってしまい、思わず激しく目をそらす。

 

どうして好きな人を前にするとこんなに不自然になってしまうのだろう。目を見つめて、遠くからニコッと微笑むくらいの大胆さがわたしにあればいいのに。こんな調子で告白なんてできるのだろうか。

 

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チョコレイトを渡すためのシミュレーションは何度もした。

 

理想は、森くんが放課後1人で教室にいてくれるパターンだ。ごくまれに(いや、今までで1度しか見たことがないけれど)、森くんが1人きりで教室にいることがある。

 

あんなふうに1人でいてくれたら、ゆっくりと近づいて「わたし、森くんのことが好きなの」と言える。または、森くんが1人で帰ってくれてもいい。通学路は途中まで同じだから、誰もいない道で、たまたまわたしの前を歩いていてくれたら、後ろから駆け寄って学ランの裾をツンと引っ張り、かわいらしく「好きになっちゃったんだけど」と言える。または……。

 

そんな風に1日中理想のシチュエーションと告白シミュレーションを繰り返していたが、もちろんそんな都合のいい展開は起こることもなく。放課後に友達とおしゃべりを楽しんだ後、友達とワイワイ帰っていく森くんの姿が見えた。

 

 

(やっぱ、無理だったな)。

 

心の中ではほんの少しだけ、安心していた。

 

同じクラスの男の子に告白するなんて、よっぽどの勇気がなきゃ、できない。

 

もし振られたら、明日から気まずくなってしまうのだし、もし誰かに見られたら、学校中の噂になってしまうのだし。そろそろクラス替えがあるからと焦って告白を企てたが、(これでよかったんだ。今日はタイミングじゃなかったんだ)と自分をなだめた。

 

学校はすっかり部活の時間になっていた。ぐるっと見渡しても、下駄箱にいるのは告白をしそびれた意気地なしの帰宅部女子ことわたしだけだった。

 

「いくじなし……」。

 

小さな声で自分に向かってため息をつき、上履きを脱いで靴を出した。

 

その瞬間。

 

「あ、まだ帰ってなかったの?」と後ろから声をかけられた。低くて、優しい声。

 

心臓が、かつてないほどバックンと跳ね、恐る恐る振り返ると、森くんが立っていた。

 

「わ、森くん。ど、どしたの?」

 

自分でも違和感を覚えるほどの高い声。好きな人を前にするとどうしてこうも不自然になってしまうのだろう。心臓が口の奥からぬるっと出てきてしまいそうで、喉がしまって、息ができなくて、苦しい。

 

「いや、ちょっと忘れ物して」

 

2人の間に沈黙が流れている間、わたしの身体は指先まで脈を打っていた。

 

(帰ってしまう)
(今しかない)

 

考えるより早く、わたしの手はカバンを開け、チョコレイトを取り出していた。何度も何度も思い描いてきたから、取り出すのにはまったく苦労しなかった。あの時の動きは今思い出しても、華麗だったとしか思えない。

 

あるいは、チョコレイトの神様がわたしを操っていたとしか思えない。

 

「あの、これ」

 

震える手で、チョコレイトを突き出した。足がプルプルと震え始め、緊張のあまり目が熱くなった。

 

「え?」
「つくったの、昨日」
「俺に?」
「そう」
「…あ、ありがと」

 

森くんの手がチョコレイトの箱をつかんだとき。わたしの手からチョコレイトの箱が離れる時。一瞬2人がチョコレイト分だけの距離になった時。

 

 

「好きです」

 

と、声が出た。紛れもなく、自分の声だった。

 

そこからたっぷり10秒くらいの間があって、森くんが「あーーー……」と声を漏らして、担任の先生が遠くから歩いてくるのが見えて。わたしは早口で「それだけだから!じゃ!」と告げていた。ローファーのかかとを踏んだまま走って門を出て、サッカー部が走っているのが見えて。やっと、我に返った。

 

やっぱり、無理だったんだ。わたさなきゃよかった。

 

明日から、どうしよう。

 

恐怖が足の底から迫って、沼へと引きずり込もうとした時、後ろから腕を掴まれた。

 

振り返ると、森くんがいた。
見たことのない顔で。

 

「え?」
「あ、いや」
「……?」

 

「いや、その、俺も好きだし」

 

森くんの言葉を理解する前に、視線を感じてグラウンドを見るとサッカー部がこちらを見てニヤニヤしていた。冷やかしが聞こえた。その冷やかしで、やっと言葉の意味を理解した。

 

……!!

 

明日から、どうしよう?????

 

 

***

 

 

は〜〜! これこれ〜〜〜!!!

 

こうやって周りの目を気にしながらも、思い切って告白をして、嬉しさと後悔が入り混じる複雑な時間〜〜〜! こんな風にバレンタインに背中を押されて告白してみたかった……。

 

それにしても実際に、告白にまつわるこんな甘酸っぱい思い出がある人たちってどのくらいいるのだろう。もし本当にそんな話があるのなら聞いてみたい気がする。

 

今年のバレンタインも、思い切って告白しちゃうような格好いい女の子たちがたくさん溢れますように。そして、その子達の恋が実りますように。

 

 

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