夏生さえりの「ティファニーで朝食を食べられなかった私たち」

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【第2回】口説き文句は決めている

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夏生さえり
ライター
ライター。出版社勤務を経て、Web業界へ。人の心の動きを描きだすことと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。

こんにちは。ライターのさえりです。

 

もし男になったら好きな女の人をこうやって口説こう、と思っている言葉がある。それがこれだ。

 

 

「きみは他とはぜんぜんちがう」

 

口説く場所は、いやらしくないBarと決めている。いやらしくない、というのが重要で、あまりに灯りが少なすぎたりあまりに夜景が綺麗だったりすると「あぁ今日は口説かれるんだな」と勘付かれてしまう。

 

一軒目にこじんまりとしていて親しみやすい居酒屋でご飯を食べ、「このあとどうしようか」と話したあとに「そういえばこの辺に昔先輩に連れて行ってもらったBarが」と言って連れて行く(間違っても、“よく行くBar”や“昔行ったBar”とは言ってはならない。他の女の影を見せないのがポイントなのだ)。

 

メニューを見ても女性が「ひえ」と驚かない程度の値段のお店で、「モヒートが美味しいんだ」など、聞き慣れたカクテルの名前を出す。そして自らはウイスキーを頼み、タイミングを見てこの口説き文句を言うのだ。きっと彼女はモヒートの氷を指でつついたあと、少し首をかしげて「どこが違うの?」と聞いてくると思う。

 

そのときの答えだって用意してある。少し眉をひそめて、重大なことを告げるように「なにもかも」と告げるのだ。

 

その数分後には彼女はいつもよりも自信に満ちて、目を見つめてくる時間も延びていると思う。いやらしくないBarとtoo muchすぎない口説き文句が、絶対に相乗効果をもたらすとわたしは確信を持っている。

 

 

……実はこの言葉にはリアルな思い出がある(なんと妄想ではなく本当の話!)。残念ながら恋の思い出ではないけれど。

 

 

***

 

思い返せば不思議な話なのだけど、以前電車で友達ができたことがある。

 

わたしは銀座で友人と飲んだあと電車に乗り、もう少しで当時住んでいた自由が丘に着く、というところで「ずっと一緒でしたよね?」と2人の男性に声をかけられた。

 

実は銀座のホームについたときから彼らの視線は感じていて、東横線に乗り換えてもなお一緒なことにわたしも驚いていた。わたしよりもどう見ても年上で(後から聞くと40代前半と後半だった)、年齢を感じさせないほどかなりおしゃれだった。

 

「そうですね。一緒でしたね」と返すと、「その緑のコートが素敵だなって話してました」と大人な口ぶりで話しかけてくれた(とはいえ酔っ払った人がする、ただのナンパだ)。

 

「今から飲みませんか?」を丁重にお断りしたところで、アナウンスが自由が丘についたことを告げる。彼らはしつこくせず、「今度飲みましょう」と名刺をくれ、わたしはそれを見る前に反射的に自らの名刺を取り出し「ぜひ」と答えて、電車を降りたのだった。

 

後日、わたしは彼らと恵比寿で飲んだ。有名アパレルショップのバイヤーで、二人は先輩後輩関係にあること、陽気に話したり声をかけてきたりしたのは後輩のほうで、先輩側はあまり気乗りしていなさそうなこと、ともに結婚していて、別にわたしに対して性的な下心がないことがよくわかった。酔っ払ったノリで思わず話しかけてしまったのだろう。むしろわたしが実際に恵比寿まで来たことにすごく驚いていたし、「むしろ俺たちが騙されるんじゃないかと思った」とハイボールを片手に笑っていた。

 

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そのあと先輩男性の提案で移動したのが、レコードのかかるBarだった。Barにしては広めの空間なので妙な緊張もせず、でも大きな声で話すと注意される、程よく大人なお店だった。

 

酔った後輩男性は何度も大きな声で笑っては店員に注意され、先輩男性はそのたび「やれやれ」という視線をわたしに送った。その後、後輩男性は眠ってしまい、わたしと先輩男性は音楽を楽しみながらポツポツと会話をした。

 

当時24歳だったわたしは、ちょうど仕事も恋愛もうまくいかないころで、酔いが回ったことを言い訳にとつとつと悩みをこぼし、最後をこう締めくくった。

 

「でも、みんなそんなもんですよね。だいたい同じというか」

 

昔は、自分は特別だと思いたかった。“他と比べて特別だ”というわけではなく、好きなことがうまく出来たり、素敵な暮らしができたり、浮気はされずに愛されて、理想的な自分でいられると疑わなかったというか。

 

でも社会に出たり人並みの恋愛をしたりすれば、自分はそんなに特別ではないことなんてだんだんとわかってくる。うまくできると思った仕事も上手に進まないし、そう簡単には褒められない。恋人と喧嘩をすれば絵に描いたような嫌な女になったし、時にひどい扱いを受けたこともあった。

 

結局、“自分は特別”なんてことはなく“ありふれた女(24歳)”なのだ、とちょうど現実を知り寂しさを感じる年齢だったのだと思う。

 

「みんな同じなんですよ、きっと」と努めて冷静に、それを悲しく思っていないように伝え、酔っ払って進まなくなったモヒートに浮かぶミントを指で弄んだとき、彼が目を丸く開いて心底驚いているという口調でこう言ったのだった。

 

 

「ぜんぜんちがう。きみは他とはぜんぜんちがう」

 

わかってないな、という顔つきだった。

 

今となれば、あの言葉がどういう意味だったのかぜんぜんわからない。深い意味があったかどうかさえわからないし、そもそも彼は覚えてもいないかもしれない。それでも、あの言葉とあの表情だけでわたしは簡単に救われた。こういう人と一緒にいればいいんだ、とさえ思った。今でも自分が揺るぎそうになる時にお守りのように思い出す。

 

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彼とは良き友人になって何度か食事に連れて行ってもらった。恋に落ちたり落ちられたりするようなことは一切なかったけれど、状況が違えば恋に落ちていたと思う。絶対に。

 

 

***

 

 

「きみは他とはぜんぜんちがう」

 

この言葉が忘れられない。

 

そしてこの言葉がさらに効果を発揮する状況を何度も考えてきた。冒頭で紹介したそれが、結論だ。

 

いやらしくないBarでのこの口説き文句なら、きっとシャイな人でも言える。

 

わたしたちが欲しいのはきれいな夜景でも飾りすぎた言葉でもない。押し付けがましくない空間で、とてもささやかな響きを持ち、それでいてとてつもない自信をあたえてくれる、そういう言葉なんだとわたしは思う。