夏生さえりの「ティファニーで朝食を食べられなかった私たち」

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【第3回】ラーメンの誘惑に二人して負ける夜

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夏生さえり
ライター
出版社勤務を経て、Web業界へ。人の心の動きを描きだすことと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。 著書に『今日は、自分を甘やかす いつもの毎日をちょっと愛せるようになる48のコツ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン )はじめ、本連載に書き下ろしを加えたエッセイ集『口説き文句は決めている 』(クラーケン)が2017年8月9日発売予定。

 

こんにちは。ライターのさえりです。

今回も恋と食事の話を少し。

 

今わたしはスペインに住んでいる。すでに1ヶ月以上が経ち、とにかく楽しく生活しているんだけど、少し日本の生活が恋しくなってきた。

 

最近ぼんやりと帰国後の生活を思い描いていて、どうしても欲しくなったものがある。それが「ラーメンに負ける夜」だ。それも土曜日の。

 

外出中にお腹が空いて、家でご飯を食べようと決めていたのに誘惑に負けてふらりと入ってしまうラーメン屋。次の日は日曜日だから、どんな種類のラーメンでも思いきり食べられる。そもそも“誘惑に負けて食べるラーメン”は「負けた」という罪悪感も相まって、普段の2割増で美味しい。これには多くの人が共感してくれる……ような気がする。

 

一人ならいくらでも誘惑に負けられる。今日の食事も明日の食事も自分の自由だから。だからこそ“二人して負ける”。これが、今わたしの欲しいものだ。

 

***

 

土曜日、彼と昼過ぎに待ち合わせをしてデートに出かける。映画を見たり、彼が買わなければならないというネクタイを見たりして過ごしたのち、「なんだか疲れたね」と言い合って、彼の「今日はお惣菜でも買って帰ろうか」というワンダフルな提案にのってデパ地下へと向かう。

 

お惣菜屋さんは、楽しい。普段自分では作れないようなおしゃれなものを食べられるし、家で存分にくつろぎながら食べられるというのも魅力のひとつだ。

外で食べるディナーもいいけれど、家で少し贅沢をするのはもっと好き。

 

「これもいいね」「あ、でもこっちも美味しそう」と二人で目にも体にも嬉しくなるようなおしゃれサラダを選び(多分モッツァレラチーズが入っていたり、オリーブオイルがかかっていたりする)、1〜2品くらいは家で適当に作ろう、帰りはコンビニでビールとアイスを買おうなどと言い合ってデパ地下を出て、駅前に戻ったところで不意に目に入る灯り。そう、魅惑のラーメンだ。

 

「え、こんなところあったっけ?」

「知らない。できたばっかりかな」

「ちょっと見てみる?」

「何ラーメン?」

「とんこつだ」

「おいしそう」

 

一瞬の沈黙が訪れ、「ラーメン食べたいね」と視線だけで意思疎通をしあうが、彼が無言でお惣菜のビニール袋を持ち上げ、「これどうする?」と目線を送ってくる。

 

下唇を噛み、二人してビニール袋とお互いの目を何度か見比べ、意を決して……引き戸に手をかける。

 

「いらっしゃい」と威勢のいい商売の声。券売機で「ラーメン・並」をピッと押すまでは本当にこれでいいのかと葛藤するものの、「麺、固めで」というころにはもはや心はラーメン一色。誘惑に負けるって最高、とすら思っている。

 

足元におしゃれなお惣菜(モッツァレラチーズだかオリーブオイルだか)が入った袋を置き、二人でハフハフとラーメンをすする。

 

「うまっ」

「え、めっちゃおいしい」

 

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ウマイウマイと二人で言い合い、こめかみにほんのり汗をにじませ、ラーメンの汁を飛ばし、敗北感と共に「お惣菜は明日食べようね」と笑い合うのだ。

 

そのフレキシブルさ。好きなものを食べたいときに食べる我慢しない心持ち。そして場当たりのラーメン。足元のモッツァレラチーズへの罪悪感をほのかに感じながらも、その状況を選ぶ自分と彼をなぜか誇らしく思えるはずだ。

 

夜道を歩きながら二人で手をつなぎ、「だって美味しかったんだもん」「間違いない。後悔はない」「異議なし」と真面目な顔で言い合って帰る。

 

そして次の日の昼過ぎにもぞもぞと起き「ちょっと体重い」と言い合いながら昨日のおしゃれなお惣菜を食べるのだ。

 

「重い体に合う味付けだ」「昼向きの味だ」などと言い合って、ラーメンに負けた自分たちを肯定しあう。そうして二人でクスクス笑い、こういうのも悪くないよね、と口に出さずに目配せをするのだ———。

 

 

***

 

ここまで全て含めて「ラーメンの誘惑に二人して負ける夜」だ。欲しい。欲しすぎる。

 

恋人関係において、食の好みが合う合わないはやっぱり重要(少しの違いなら問題ないが、真逆とくればなかなか苦しい)。でも、それよりも重要なのは「食に対する心持ち」なような気がする。

 

わたしはあまり食に対してこだわりのないほうだけれど、それでも唐突に訪れる「ラーメン食べたい!」の欲には勝てない。その欲に共感し、そんな自由さを許容してくれるような彼とラーメンは、ぜひともセットで欲しい。

 

では、日本に帰ればそんな夜が手に入るか? と問われたら、残念ながら答えはNOだ。でも、ラーメンは手に入る。ラーメンは裏切らない。いつも魅惑の灯りを灯しているはずだ。仕方ない。帰国したら、一人静かに誘惑に負けることとしよう。