夏生さえりの「ティファニーで朝食を食べられなかった私たち」

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【第7回】仲直りのきっかけに買ってくるプリン

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夏生さえり
ライター
ライター。出版社勤務を経て、Web業界へ。人の心の動きを描きだすことと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。

一緒に住んでいる彼が、わたしの好きなスイーツを買って帰ってくる、というシチュエーションに憧れる。それも「ご機嫌とり」として。前日に喧嘩をして、仕事帰りに彼がそれを買って帰り、そのスイーツひとつで仲直りをしてしまうのだ。憧れる。

 

そもそも好きなものを覚えておいてくれた、というだけでも嬉しいのだけれど、「喧嘩をしたことをきちんと忘れずに心に留めている」ということも嬉しい。

 

なかには仕事をしているうちに喧嘩をしたことなんてすっかり頭から抜け落ち、(または一晩寝たらどうでも良くなり)、あっけらかんとした態度で話しかけてくる男性もたまにいる。こちらはまだ引きずってムッとしている場合、二度目の喧嘩に発展しかねない。相性もあるだろうが、頭の中に「あぁどうやって仲直りしようかな」と同じくらい考えていてくれることが、とても嬉しい。

 

そして普段から一緒にいるからこそわかる「好きなもの」を覚えていてくれて、「仲直り」のきっかけ作りとしてそれを買ってくる安易な発想が、かわいくて大好きなのだ。

 

偏見かもしれないが、女性はあまりもので機嫌を取ろうとしないように思う。好きなものを買って仲直りをしようというのは、いかにも男の人らしいではないか。そしてその安易な発想に、単純な気持ちで乗っかれるかわいい女になりたい。

 

 

***

 

2時間の残業を終え、同期と駅まで仕事の話をしながら帰り、腕時計を一瞬みた…その時間の隙間に、彼のことを思い出す。

 

—— 喧嘩、してたんだった。

 

ズンと体に何かがのしかかり、深いため息をつく。同期を見送り、改札をくぐったところで携帯を急いで取り出したものの彼からのメールは一通も入っていなかった。

 

昨晩の喧嘩は些細なものだった。こちらも意地になっている、とわかってはいるものの、どうしても気持ちが落ち着かなかった。あんな言い方ないじゃん。

 

彼も彼で頑固だし、なかなか気持ちを切り替えられないところがわたしたちはよく似ている。そんなところより言葉に気を使うところが似ていればよかったのに。

 

何度も帰宅の瞬間を思い描きながら帰路につく。

 

明るく「ただいま」と言おうか。それとも何か意味深な含みを込めて、聞こえるか聞こえないかの大きさで「ただいま」を言おうか。…… 許せないか、と問われたらそこまでではないのに、なぜだか素直に仲直りをする気になれない。こんなことでいつまでも怒っているのはよくないと、頭の片隅ではわかっているのだけれど。

 

どんな「ただいま」を言おうか答えがでないまま家につき、曖昧な言い方で「ただいま」を言うと、これまた気持ちの読めない曖昧な「おかえり」がリビングから聞こえてくる。

 

部屋に充満する重々しい空気を断ち切るようにテキパキと動き、部屋着に着替える。手を洗い、彼の方を見ずにリビングへ入り、さぁ冷たい飲み物でも飲もうと冷蔵庫を開けた時、ふと“それ”の存在に気づく。

 

「あれ、このプリン……」

 

冷蔵庫の真ん中に居心地が悪そうに佇んでいるひとつのプリン。それは、最近のわたしのお気に入りのもので家から少し歩いたところにあるスーパーにしか売っていない品物だった。

 

「どうしたの、これ」と冷蔵庫の黄色い光を顔に浴びながら、ソファに寝転がっている彼のほうに視線を移すと、彼とパチリと目があった。

 

前髪が伸びて目にかかり、少し悲しそうな目つきに何か言いたげな口元。ふいっと目を逸らした彼は、再び携帯を手に取り、

 

「帰りに買ってきた。昨日ごめん」と、一息に言い切った。

 

そんなへたっぴな謝りかた、ある?

あまりの不器用さに、思わずくすりと笑いそうになる。(わざわざ仕事終わりに買いに行ったんだ。仲直りの口実に。)……そう思うと口元が緩んでくる。

 

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プリンを手に取り、ソファのすぐそばで蓋を開け、ひとくち食べる。

 

「おいしい」

 

スプーンでさらにひとくち分すくい、彼の口元へ運ぶと目をしっかりと合わせながらぱくりと頬張った。

 

「うん、うまいね」

 

その一言が部屋の重々しい空気を振りはらい、彼は起き上がってゆっくりと手を伸ばし無言で髪の毛を撫でてくる。振りはらいもせず、受け入れもせず。体をかたくしたままプリンを食べていると、口の中に甘さが広がり何かがほぐれていく。

 

そうして優しい甘さのプリンを半分ほど食べたところでようやく心にも優しさが満ちてきて、プリンを見つめながら小さな声で「ごめんね」と告げる。

 

彼は「うん、僕も」と言い、それよりも重要なことを言う口ぶりで、「ねぇ、もうひとくちちょうだい」とねだってくる。

 

「やっぱりおいしいね」

「なんで近くに売ってないのかな」

 

と言い合って、最後のひとくちを食べ終わる。

 

「おいしかった、ありがとう」と満面の笑みでキスをしたころには、部屋はすっかり優しくて甘い空気に満ち満ちているのだーー。

 

 

***

 

彼女の好きなものを覚えておいてご機嫌とりに買ってくるかわいい男。スイーツひとつで機嫌を直す、かわいい女。このくらいの単純さに心底憧れる。

 

きっと甘いものには優しさの成分みたいなものが入っているのだろう。些細な喧嘩であれば何が悪かったかなど話し合うことをせず、彼が買ってきてくれたスイーツがくれる優しさで解決してしまいたいのだ。

 

ただしこんなシチュエーションに憧れているわたしには大きな問題がある。そもそも甘いものがあまり好きではないのだ。

 

甘くない食べ物で機嫌を直すこともできなくないが「わあ、わたしの好きなポテトチップス!」なんて、全然ちがう。そういうわけでいつまでも単純な女にはなれず、スイーツから優しさももらえず、そもそもそんな恋人もいない。仕方なく、今日もひとりお気に入りのポテトチップスを買いに行く。いつかスイーツひとつで機嫌を直すかわいい女になりたい、と思いながら。