夏生さえりの「ティファニーで朝食を食べられなかった私たち」

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【第11回】彼女の風邪で活躍できる男子になってください

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夏生さえり
ライター
ライター。出版社勤務を経て、Web業界へ。人の心の動きを描きだすことと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。

いつでも健康でいられたらいいのだけど、人間誰しも体調を崩してしまう日がある。

 

 

そう、今まさに風邪をひいています。

 

こういうとき1人暮らしというのは寂しい。外にすら出られない日はキッチンにストックしてあるクッキーやら冷蔵庫の中に残っていた卵やらでなんとかしのぐこともある。なぜこんなに辛いのに1人なんだ…と思っていると、ホロッと泣きそうになる。

 

こんなとき、彼がきて看病してくれたらいいのに、と思う。

 

買い物をしてきてくれて、冷えピタを貼ってくれて、「ちゃんと寝るんだよ」と微笑んでベッドの脇に座って、眠るまで頭を撫でてくれるような…。

 

けれど……(そもそも彼氏がいないじゃないかという指摘はひとまず置いておいて)、こんな風に甘い展開が起こるどころか、男性は「看病」においてあまり役に立たないことが多い(バリバリ役に立っている人ごめんなさい)。

 

わたしの父親は母の具合が悪い日に「焼肉弁当」を買ってきて呆れられていたし、高熱で苦しんでいるときに「薬買ってきて」と頼んだのに効き目の弱い予防薬を買ってきた!と怒っていた人もいた。「なんか作るよ」と言ってくれたはいいけれど、台所から何かを落としたような音が聞こえてきて、「もう…自分でやるから…」と選手交代になる話も、よく聞く。

 

看病することに慣れていないのはわかるけれど、女性だって別に看病慣れしているわけじゃない。親に看病された記憶は同じくらいあるはずなのに、なぜこうも「ちょっと違う!」が発生するのかわからない。

 

でも「わからない」で済ませるわけにはいかない。だって、これから先も風邪を引いたり具合が悪くなったりする恋人たちはいるはずだから。

 

わたしは是非とも言いたい。

 

「風邪のときに活躍できる男子になってほしい」と。

 

 

***

 

難しいことはできなくていい。

でも、できれば「おかゆ」くらい作れるようになってほしい。

 

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鍋に水をいれて、そこに炊き上がったご飯をいれてあたためるだけで、それらしいものならできる。

 

卵を溶いて入れたり、梅干しを入れたり、余裕があれば出汁になるような何かを入れればそれで十分。もっと簡単にしようと思えば、炊き上がったご飯と水を入れたお皿をレンジでチンするだけでいい。お塩をふれば、上出来。

 

そう難しいことじゃないはずだ。

 

熱の高さにもよるけれど、水分補給のために飲み物とゼリーくらいは買ってきてほしい(冷えピタは家に余っている可能性があるので、買う時は一言聞いておくのが吉)。

 

おかゆと買い物。この2つができれば、もう完璧。

 

「そのくらいなら!よしっ彼女が風邪をひいた時は頑張るぞっ」と腕まくりをした人にこそ伝えたいもうひとつの「活躍」がある。

 

 

そばにいないこと、だ。

 

 

***

 

風邪のときの活躍にはふたつのポイントがある。てきぱきと世話をすること、それともうひとつが「そばにいない」ということ。それは決して「放置」とは違う。心配をしながらも、そばにいないようにする。

 

「風邪の時に1人になりたい女子」がいることを忘れないでほしいのだ。

 

鼻水がだらだらと流れ、ひどい鼻声にむくんだ顔。いくら信頼して気を許しているからといって、そんな姿を彼の前にさらしたくない人だっている。

 

そんなときに「看病するよ」の押し売りと、いざ来ても役に立たないのコンボが生まれてしまうと、これはもう大変だ。

 

「看病」が何のためにあるのかをちゃんと思い出してほしい。ポーズじゃなくて、気配りができる俺、という証でもない。大事なのは「相手が元気になるサポートをすること」だ。

 

わたしも風邪のときは1人でいたいことが多い。もちろん冒頭で書いたように「看病してくれたらな〜」と理想を思い描くことはあるし、手早くおかゆをつくってくれたり、甲斐甲斐しく熱が下がるまであれやこれやとやってくれる彼氏がいたらそりゃあ幸せだと思う。でも、現実がそのように上手くいかないことを知っている。

 

家に人が来ればどれだけ辛くても気を使ってしまうし、「寝てていいよ」「僕がやるから」と言ってくれても気になってそわそわしてしまう。台所をまじまじと見られるのも恥ずかしい。

 

さらによろしくないことに、どれだけつらくても人がいるとちょっと気丈に振舞えるもので、それが風邪の体には毒だったりする(治りが遅くなる)。

 

だから「看病に行こうか?」はいつでも断ってしまう。本当は何か買ってきて欲しいのに、「何か買っていこうか?」も断ってしまう。何か買ってきてもらったくせに家にもあげずにすぐに帰ってもらうのは悪いな、などと思ってしまうのだ。我ながら、頼り下手。けれど、そういう人は多いんじゃないかな、とも思っている。

 

看病に行こうか? を断ってしまう…そんな彼女にとって、一番嬉しいやりとりはこれだ。

 

「看病に行こうか?」

 

「ううん、大丈夫」

 

「っていうと思った」

 

「え?」

 

「食料買ったから、ドアの前に置いといた。必要だったら食べてね。つらくなったらいつでも電話して」

 

はい、これです。

 

押し付けがましくなく、けれど頼ろうと思えば頼れる範囲にいてくれること。これぞ、“愛”。

 

以前、友人の男性が梅干しやドリンクをアマゾンプライムで送ってくれたこともあった。あれも、本当に嬉しかった。優しいなと思った。

 

重要なのは「何か買っていこうか?」と相手に判断を委ねないこと。気を使ってしまう彼女であればあるほど「大丈夫」と答えてしまうはずだから。

 

 

***

 

そばにいない優しさも、ときには存在する。

 

自分が風邪のとき、恋人がそばにいてくれて嬉しいと思っても、相手も同じだとは限らない。それは愛情に比例するのではなく、あくまでも個人の感じ方の違いなのだと、覚えておいてほしい(こんなことを風邪をひきながら切実な思いで書いていたライターがいたことも覚えていてほしい)。

 

そばにいたほうがいいか、いないほうがいいか。どちらにせよ活躍の場があるはず。「冬の風邪チャンス」と称して、恋人への愛を深める参考にしてほしい。

 

恋人たちが素敵な冬を過ごしてくれますように。そんなわたしは、いつか「ドアの前に置いといたよ」からの「やっぱ一緒にいて」とLINEを送る展開を妄想しながら寝ます。

 

それでは〜!