さえりさんの「ティファニーで朝食を食べられなかった私たち」

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【第13回】紅茶が好きというよりも

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さえりさん
フリーライター
ライター。出版社勤務を経て、Web業界へ。人の心の動きを描きだすことと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。

年末らしく、少し静かなエッセイを書きたい。今回は「紅茶」について。

 

3年くらい前から、紅茶が好きになった。ブログのタイトルも「雨と紅茶と椅子のうえ」だし、それより前のブログにも「紅茶」という単語を入れていた。プロフィールにも「好きなもの」として書くようにしている。

 

そのわりに、わたしは紅茶のことをあまり知らない。

 

「紅茶の美味しいお店はね」などと語ることもできないし、特別上手に淹れられるわけでもない。

 

なのに、紅茶が好き。

 

いや、正しくいえば「紅茶を楽しめる心持ち」が好きなのだと思う。それと、紅茶を飲むときのことを覚えていたいという気持ちもある。

 

紅茶を淹れる手間をかけられる精神的余裕のある自分。飲んで一息ついて、自分を取り戻すような気分になるあの時間。

 

そういった静かな時間を「良い」と思える心の安定。

 

いずれも大事にしたいものだから。

 

 

***

 

一人暮らしは、時としてさみしい。

 

それに、かなり疲弊もする。自分のために頑張れるようになるのは大人になってからで、昔は自分ひとりのために生活を豊かにしよう、などとは思えなかった。

 

ひとり暮らしをはじめたころは、音がないのが寂しくて四六時中テレビをつけていた。ご飯を作るのも面倒だったし、ジュースをコップに注ぐのさえ嫌だった(洗い物が出るから)。有り余った時間を豊かにすることができず、ひたすら退屈していた。

 

当時の恋人には見事なまでに依存し、結局ひとりで暮らすこと自体に慣れるのに2年もかかった。

 

そんなわたしも歳を重ねるごとに、恋人の有無にかかわらず「ひとりの時間」を愛せる瞬間が増えた。ひとりで考え事をしたり、暮らしにちょっと一手間かけたり。

 

そうするうちに好きになったのが、「紅茶」だ。

 

ちょっと「豊かな暮らし」とやらをしてみるか、と紅茶を買った。そうしてゴポゴポとお湯を沸かし、きちんとリビングでいただく。

 

hands holding hot cup of coffee or tea in morning

 

その時間が、自分にとっては新鮮だったのだ。丁寧で、いつもの暮らしと少し切り離してくれるその時間が。

 

 

いくら「その時間」が好きだ、と気づいても、実際は日常に忙殺されることがまだまだ多い。

 

社会人になってからは特に、仕事に恋に、忙しくなった。生活も慌ただしく、ぼーっとしていると一瞬で時間がすぎてしまう。疲れてなんかいない、と思っていても、いつのまにか心は削れているし、世の中のペースに飲み込まれて自分を見失うこともある(そしてそれにすら気づかない時がある)。

 

気づけば何日も自炊してない! とか、洗濯物が溜まってる! とかはザラ。わたしは、いやわたしたち働く女子はきっと日常に飲み込まれることのほうが普通なのだろう、とさえ思っている

 

だからこそ、日常において「よし、紅茶を淹れよう」と思えるだけでわたしは幸せを感じる。忙殺されていない、自分を取り戻すことを忘れていない、そしてひとりで自分のためにも生きられている、という感覚。

 

そうして「あぁ、おいしい」と心がほぐれている間じゅう、安心する。紅茶を飲むという行為自体が、わたしにとっては成長の証、心の安定の証だ、と確認できるから。

 

こういう「証」を積み重ねて、いつかは誰かのために紅茶を淹れられるようになりたい。ほぐすのを忘れている彼に、あたたかい時間をあげられるような。そんな人になれたらいいな、と思っている。

 

 

***

 

こういった意味での「好きな食べ物(またはモノ)」がみんなにもあるのかどうかは知らない。けれど、何かそういう「自分を取り戻す時間」となるようなモノがあるといいなと思う。

 

年末なので、こういうことに時間を使ってみてほしい。

 

来年は今年よりももっと、丁寧に暮らせますように。