夏生さえりの「ティファニーで朝食を食べられなかった私たち」

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【第15回】映画館は恋のためにある

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夏生さえり
ライター
出版社勤務を経て、Web業界へ。人の心の動きを描きだすことと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。 著書に『今日は、自分を甘やかす いつもの毎日をちょっと愛せるようになる48のコツ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン )はじめ、本連載に書き下ろしを加えたエッセイ集『口説き文句は決めている 』(クラーケン)が2017年8月9日発売予定。

「映画館は恋のためにある」と、よく確信する。

 

わたしは、ひとりでも映画館に行く。観たいものがあれば友人を誘うのももどかしく、思い立ったときにふらっと行く。だからもちろんひとりで行く映画館の良さも、無論友人と行く映画館の良さも知っている。恋人がいなくたって映画館は楽しい。

 

けれど、好きな人と行く映画館こそが一番輝いていないか? と思う。「よっしゃ本領発揮!」と言わんばかりにキラキラと光り始める。

 

普段気づかない色々が、恋を伴って訪れると、むくむくと起き上がるのだ。何が起き上がるかって?……そこかしこに眠っている恋の欠片だ。

 

たとえば。

 

ただの“肘掛け”は、デートの時には不意に手を重ねられて指先が飛び跳ねる場所と化し、予告編が流れている時間は「これ面白そう」「ほんとだ」「公開、4月だって」「今度これ観に行こうよ」と未来の約束をする時間と化す。

 

映画館にあるものの多くは「恋」において良き影響を与えてくれる。そしてわたしはふとした瞬間に何度も確信する。

 

「映画館は恋のためにあるのだ」と。

 

 

***

 

一番キラキラ輝く映画館デートはこんな感じ。

 

まず、日曜日の昼下がりまでたっぷり寝てしまった恋人たちが、手をつないでつけ麺屋さんに行き、「なんかこのまま1日終わるのももったいないし」と映画デートを思いつくところから始まる。

 

二人は指先を絡めて映画館に到着し、ちょっと場違いな格好で来てしまったことを(ほぼ部屋着のような格好をしている)ちょっと恥じながら、ちょうどいい時間帯の映画のチケットを購入する。

 

「これどんな映画?」

「知らない。アクション?」

 

と、まぁこんな具合のふたりが「わたしたち適当すぎる」と笑いあいながら「ジュース買お」と、売り場へ行く。

 

普段ひとりで見るときにはジュースなんか買わない。たかだか1時間半程度くらいジュースがなくても我慢ができる。けれどふたりのときは別。ジュースは、映画館に入るための“おめかし”みたいなものなのだ。

 

「なににする?」

「メロンソーダ」

「え、意外。メロンソーダなんだ。じゃ、俺も」

 

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(余談だけれど、わたしは映画館ではメロンソーダを飲む。映画館で飲み物を選ぶという発想がない。いつも、メロンソーダ。そう決まっているのだ。)

 

(さらに余談だが、財布を取り出そうとしてチケットを口にくわえる仕草は最高。異論は認めない。)

 

 

「ポップコーン食べたい?」

「んー。お腹いっぱいだし、やめとこっか」

「そだね」

 

 

いつも「やめとこっか」となっても、必ず「ポップコーンは?」と聞いて欲しい。「ポップコーン食べたい」「要らないでしょ」とたしなめられていた子供時代と違い、自分が大人になって、さらに大好きな人に甘やかされているのだと実感できるから。

 

そうしてふたりでちょっと大きすぎるほどのメロンソーダを手にして、シアター内のやわらかな絨毯を踏みしめる。

 

予告編では遠慮なく耳打ちをする。

「これは絶対つまんない」

「わかる」

「あ、これは面白そう」

「あ、でもタイトルがダサい」

 

特に大好きなのは、予告編の一瞬の息継ぎ。

 

映画館の静寂に、ポップコーンを食べるのをやめる少年たち。咳払いを我慢するおじさん。ガサガサと何かの袋を開けていた手を止めるおばさん。この一瞬は何度行っても緊張する。みんなの意識がぎゅっと集まるように思う。その静寂を切り裂くように、彼がぐいっと身を寄せてきて耳もとで小さく言うのだ。

 

「春になったら、これも観にいこ?」

 

(こうなるともう恋は爆走。走る走る俺たち。「この人、みんながためらうこの静寂を切り裂いた!!」と思うのがわたしにとっては爆キュンポイント。)

 

そうして本編が始まってからはずっと指先を絡める。手の甲を撫でたり、ふいに手の甲にキスされたり。映画本編にそこまで思い入れがないからこそ「ちょっと不真面目な態度」で映画を観られるのがいい。

 

そうして最後、明るくなる直前にメロンソーダの残りを一気に飲んだ冷たい唇で、ふわっとしたキスをする。その瞬間を見ていたようにためらいがちに映画館が明るくなる。

 

(恋を伴った場合、あの明るさのためらいはキスのためにある。異論は認めない。)

 

「面白かったね」

「ね。あと、メロンソーダ、久しぶりに飲んだらうまかった」

「でしょう?」

 

こんな風にしてふたりで映画のどこがよかったのかを語り合って夜道を帰る。これが、最高の映画デートだ。

 

 

***

 

人生で最初の映画デートは、中学生のときに『チャーリーとチョコレート工場』を見に行ったときだった(もちろんメロンソーダを飲んだ。)

 

ろくに会話もしたことのないふたりが観たあの奇妙な世界は、ただひたすらに気まずく、帰り道にクラスメイトの男の子たちと鉢合わせするという最悪な事態に陥って終わった。

 

手もつながなかったし、もちろんハグもキスもしなかった。あのときは映画館にこんなに恋のきっかけが眠っているとは思いもしなかった。

 

大人になってよかったなと思うことのひとつに、恋を楽しめるようになったことがある。そしてただの映画館が、恋を伴った日だけ姿を変えることに気づけたのも、うれしい。

 

 

あぁ、映画館が恋しくなってきた。それに、おめかしのメロンソーダも。まずはデートの相手を見つけるところから始めなければ。