小倉ヒラクの「発酵トラベルノート ~旅と醸しのおたのしみ~」

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【第30回】セクシーな旨みにハマる!魚醤のルーツを紐解いてみた

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小倉ヒラク
発酵デザイナー
「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、東京農業大学の醸造学科研究生として発酵を学びつつ、全国各地の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作やワークショップをおこなっている。『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。自由大学や桜美林大学等の一般向け講座で、発酵学の講師も務めている。2015年より新作絵本『おうちでかんたんこうじづくり』とともに、「こうじづくり講座」を全国で展開中。著書『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(木楽舎)が絶賛発売中!

味噌汁飲んでますか?

発酵デザイナーの小倉ヒラクです。

 

最近、「セクシーさとは何か?」ということを考えます。ステレオタイプで言えば細マッチョのイケメン男子、グラマラスなお姉さんなどのイメージが思い浮かびますが、熟考を重ねた末、セクシーさの本質とは「香り」に宿るのではないか、という確信を得ました。

 

「カッコいい!」「カワイイ!」はあくまで視覚情報に留まるレベルであり、美術品を見るような楽しさはあっても、セクシーさにある「身体に訴えかけるドハマり感」は少ない。

 

どこから恋が始まるのか?ということを分解してみると、電車のなかでふいに彼女が肩にもたれかかったときにかすかに漂ってくる甘酸っぱい匂いにドキッとして「あれ、ただの幼なじみだったはずなのに、これって…恋?」みたいな瞬間なんじゃないかと思うわけです。

 

あるいは。

 

新入社員の男子の相談を聞きに飲み屋に行って、スーツの上着を脱いだ時にほのかに香るコーヒーのような匂いが実は彼の体臭だった…ということに気づいて「今夜は…嵐が来るかもしれない…!」と心がざわついた瞬間…アナタの…運命の恋は…すでに始まっている…!

 

***

 

セクシーな調味料とは何か?問題

発酵の専門家である僕の家には、発酵調味料専用の冷蔵庫が設置されており、そのなかには古今東西の味噌やら醤油やらソースやら醤やらがギッシリ詰まっています。

 

そこで暇ができるとその調味料をペロペロ舐めたりクンクン嗅いだりしてテイスティングをしているわけですが、人間と同じように調味料ごとに個性や印象の違いがあるんですね。

 

キレイな風味、スパイシーな風味、丸くて優しい風味など、日々の食卓に彩りを添えてくれる多種多様なテイストとフレーバーがあるなかで、ごくたまに「セクシーすぎる風味の調味料」というものが存在しているんですね。

 

そのかぐわしい香りを嗅ぐだけでうっとりし、その濃厚な旨みが病みつきになるような、主役であるはずの料理そのものよりも目立ってしまうような、キャラ立ちすぎの調味料があり、そしてその筆頭が魚醤。魚醤はセクシー調味料の筆頭なんだよ!

 

「そもそも魚醤って何ですか?」

 

魚醤とは、魚の身や内臓を塩に漬け込んで発酵させ、ドロドロになったものを搾って醤油のように使う調味料全般のことを指します。広く使われているのは東南アジア。タイのナンプラーやベトナムのニョクマムが有名ですね。大豆や麦などの穀物を原料とした植物性の醤油が多い日本でも、秋田のしょっつるや石川のいしり(いしる)などのような魚醤は郷土料理に欠かせません。ビックリしたのは、友だちが旅行のお土産にくれたカメルーンの魚醤。どんなシチュエーションで食べるのか現地に行ってみたいとわかりませんが、どうやら東南アジア以外でも魚醤文化は広く分布しているようです。

 

でね。

 

発酵プロセスから考えてみると、こんな風に世界各地に魚醤文化があるのは当然といえば当然なんだね。なぜかというと、魚醤をつくる原理ってめちゃくちゃ原始的だからさ。

 

こないだ石川県能登のほうで魚醤づくりの現場を訪ねてきたんですが、そのシンプルすぎる製法に目が点になりました。

 

イカの内臓を桶のなかに入れ、そこに塩を入れて1〜2年ほったらかして発酵させるだけ(たまに撹拌ぐらいはする)というこれ以上ないほどのプリミティブさ!ただ科学的に見てみると非常に理にかなっています。

 

ほっておくとすぐに腐ってしまうイカの内臓に塩を混ぜることによって、①腐敗菌の侵入を防ぎ、②水分を外に漏れ出させます。すると、空気や桶のなかにいる塩分に特異的に強い乳酸菌や酵母類などが水分に滲み出た内臓を発酵させ、さらにドロドロにしていきます。そのまま長期間発酵させると、内臓から液体が分離し、醤油のような上澄みがゲットできるようになり、その上澄みがつまり魚醤です。

 

普段、僕たちが使う大豆や麦からつくる穀物醤油と違い、魚醤にはイケメンの体臭みたいなワイルドな香りがあります。原料自体の魚介の香りに、プリミティブ製法ゆえの複雑系の発酵臭が加味され、ゴール決めた後に仁王立ちで叫ぶクリスティアーノ・ロナウドみたいなセクシーな野獣感がほとばしっているんだよ。

 

香りだけじゃなくて味もスゴい。

 

ひとくち舐めたらむちゃくちゃ力強い旨味が舌にへばりついて激しく主張してくるわけです。そのパワープレイっぷりは往年のビーナス&セリーナ・ウィリアムス姉妹の横綱テニスのようです。

 

つまり魚醤にはトップアスリートの持つ過剰なワイルド&セクシー感が詰まっていて調味料単体として見たときの存在感が凄まじい。

 

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セクシー系調味料は使い方が問われる…!

スタンダードな和食調味料にはないパワフルな旨味とセクシーな香りを持つ魚醤ですが、あまりにも存在感が強すぎて料理自体を圧倒してしまうという弊害もあります。「塩顔ガリガリ草食男子の集団のなかに一人だけ武井壮」的な違和感をイメージしてみてください。

 

タイ料理の場合は、パクチーを始めとする香草類や各種スパイス類を薬味として併用することで魚醤のインパクトを相殺しています。が、和食の薬味は地味なので、なかなかこういう真似はできない。そこで北陸や東北ではどのように魚醤を使っているかというと、漁師の料理の味付けに使っているんだね。

 

魚のあら炊きや貝焼きに魚醤を使うとめちゃ味が決まる。魚貝類の生臭さを中和して消すのではなく、むしろ過剰にブーストさせることで風味におけるアイキャッチをつくりだすわけです。お笑いで言えば笑い飯におけるコンビの二人が果てしなくボケを重ねる「Wボケ」に近い方法論と言えます(ホントかよ)。

 

和食の味付けというと、異なる風味同士で補いあったり、強すぎる風味を中和したりして「穏やかな調和をつくる」という方法論が主流ですが、魚醤の真髄は「同質性を過剰にかけ合わせる」という方法論で発揮されるのです。

 

そんでさ。最初の「セクシーさ」の話に戻るとだな。

 

セクシーさって、人間の野性を目覚めさせるトリガーだと思うんだよね。

 

普段は社会の規範のなかでロールプレイをしながら生きているフツーの善男善女が、ふとした時にセクシーのドアを開いた瞬間から己の本能がほとばしり、深夜の豪雨降りしきるなか、「待てよ!」と走り去る相手を捕まえてそのまま情熱的なキスにもつれ込む…みたいなワイルドな展開が待っているわけです。

 

それは日々の食卓においても当てはまるわけで。

 

普段はほっこりしたご飯を食べていても、たまには野性を目覚めさせるような過剰な風味の料理をつくって己の「モノを喰らう本能」を解放するのもぜんぜん悪くない。その時にキーになるのが「セクシー系調味料」たる魚醤なわけよ。魚貝系和食に使うのはもちろんイタリアンやエスニック料理に使ってもセクシーに決まりますぞ。

 

それではごきげんよう。