小倉ヒラクの「発酵トラベルノート ~旅と醸しのおたのしみ~」

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【第1回】旅を演出する、蕎麦とダシの誘惑

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小倉ヒラク
発酵デザイナー
「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、東京農業大学の醸造学科研究生として発酵を学びつつ、全国各地の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作やワークショップをおこなっている。『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。自由大学や桜美林大学等の一般向け講座で、発酵学の講師も務めている。2015年より新作絵本『おうちでかんたんこうじづくり』とともに、「こうじづくり講座」を全国で展開中。著書『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(木楽舎)が絶賛発売中!

 

 

味噌汁飲んでますか?発酵デザイナーの小倉ヒラクです。

 

前回の連載終了から1カ月ほどお休みをいただいておりました。その間何をやっていたかというと、仕事をほっぽらかして旅を楽しんでおりました。

 

でね。温泉に浸かりながら、新連載のテーマは何がいいかなぁ〜とぼんやり考えていたら、ふと「そういや僕、仕事で全国あちこち飛び回っているから、旅をテーマにしたらいいべな」と思いついたわけですよ。

 

北から南まで、各地域から「ヒラクさん、うちの発酵食品食べにきてください」とお誘いいただくので面白いエピソードいっぱいあるし、それに「旅モノエッセイ」って読むだけで旅行行った気になるから、おトクだし。なにより僕、昭和の文豪の書く「旅×食エッセイ」が大好きなんです。例えば吉田健一さん、開高健さん、嵐山光三郎さんとかね。.

 

それでは、発酵デザイナーによる旅にまつわる食と発酵の新連載、どうぞお楽しみくださいませ。

 

 

お蕎麦屋さんで、旅を精算する

海外旅行が終わって空港に着くと、無性に蕎麦が食べたくなります。

さっきまでワインだ!チーズだ!と騒いでいたのが、空港に着くなりお蕎麦屋さんに駆け込んでせいろをズルズルしたくなる。

 

で、ズルズルしながら「あぁ、あの街の運河の景色、キレイだったな〜」とか「ホテルのフロントのジェイくん、マジでいいヤツだったわ〜」なんて、旅の思い出が走馬灯のように駆け巡り、蕎麦をチュルルンと飲み込む頃には「ただいま!」という気分になっています。

そう。蕎麦は、旅の切り替えをする装置なんですね。コイツを食べることで、ハレとケ(※1)のスイッチを切り替える。

 

ポイントは、激しく音をたてる「ズルズル」と、すぐに食べ終わる「ファスト感」です。空港で蕎麦を食べることは、単に空腹を満たす行為というよりは儀式に近いわけですよ。旅の余韻を、ファストにズルズルっとかっ込んで、また日常モードに戻っていく。

 

つまり、蕎麦はポエムだ!(←ホントかよ)

 

 

麺つゆに隠された、強烈な旨味の秘密

さて。では発酵デザイナーの視点からもうちょい蕎麦を深掘りしてみましょう。
蕎麦をイメージしてみたらば、麺つゆのあのなんとも言えない旨味が凝縮されたニオイが脳内に充満してきますね。コイツの正体は何なのかというと、ダシと醤油が作り出す旨味成分なのですね。

 

蕎麦つゆの定番は、かつお節。このかつお節にはイノシン酸という、旨味を醸し出す動物性のアミノ酸がいっぱい含まれています。ちなみにこのかつお節、実はれっきとした発酵食品。かつおの燻製にカビをくっつけることで水分を吸い取らせ、カチンコチンにしていきます。その過程でカビの分解酵素によって旨味がかつおの中にいっぱい溜まっていくわけです。

 

そして醤油。
醤油は、大豆と麦を麹(こうじ)菌で発酵させていくことによってできる調味料なのですが、その時にグルタミン酸という、おなじく旨味を醸し出す植物性のアミノ酸が生成されます。

 

そんでね、ここからがスゴい話なんだ。

かつお節のイノシン酸、醤油のグルタミン酸、動物性と植物性の旨味成分がミックスされるとですね、1+1=2でなく、7〜8倍の強烈な旨味を感じます。

 

これぞ旨味の錬金術。

この“強烈にうますぎてどうしていいかわからなくて路地裏では朝が早いから今のうちに君をつかまえ行かないで行かないでそう言うよ”的なエモい味覚は、最近の研究によると砂糖や油に比肩するような中毒性を持っていることが判明してきたようです。

 

 

旅と発酵には中毒性がある

例えばこの記事を読んでいるお洒落女子のあなたがヨーロッパとかに行くとするじゃないですか。で、最初の2〜3日は「ワイン美味い!チーズ美味い!」とか盛り上がっているとしますね。でも、1週間くらい経つと、朝起きたら何だかダルくて「あー、味噌汁飲みたいなあ。ついでにステディなイケメン彼氏も欲しいなあ。」とか思うじゃないですか。

 

これはですね、恐らく旨味が切れて禁断症状が出ている状態だと思われます。日本人はそれほどまでに「旨味がないと生きていけない民族」なわけです。だからね、海外旅行から帰ってきて蕎麦が恋しくなるのは当然なのですね。

 

余談ですけど、僕、20代前半にゲストハウスを経営しておりました。ゲストはヴィーガン(※2)やベジタリアンがすごく多かった。彼/彼女らが日本に来ると、ほぼ確実に和食の発酵食品にハマるんですね。で、帰国してしばらくすると「味噌送レ、醤油送レ」とメールが来る。今思い返してみると、彼らもう旨味中毒になっていたのだと思われます。

 

旅をしている間はトラブルがあったりストレスを抱えてしんどい思いをしているクセに、帰ってしばらくするとまた旅に出たくなる。

発酵にも旅と同じような中毒性があるようです。

 

空港で食べる1枚のせいろ蕎麦、こいつはなかなか粋なもんですぞ。

 

 

※1 ハレは祭、年中行事などの「非日常」、ケは普段の生活である「日常」をさす。

※2 肉や魚だけでなく卵・牛乳・チーズなどの乳製品を食べないベジタリアンのこと。

 

 

発酵デザイナー小倉ヒラクの手前みそTIMES

発酵デザイナー 小倉ヒラクの『手前みそTIMES』