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【第9回】君はまだホンモノのビールを知らない〜イギリスの田園で飲むリアルエールの快楽〜

味噌汁飲んでますか?
発酵デザイナーの小倉ヒラクです。

 

実は僕、しばらく味噌汁飲めていません。

なぜかというと、ヨーロッパに滞在しているからさ!

 

さて。僕はいまロンドンから電車で3時間、西部の小さな町にいます。

時刻は夕方7時半、日はまだ明るく(夏至だしね)、でも風は昼よりも涼しい。つまりビールを飲むのに最高なシチュエーション。当然この原稿の横にはビールが置いてある。やっほー!

 

 

▶そもそもビールとは何か

 

ということで、今日のテーマはビール。
とりわけ英国式のリアルエールというビールについて語りたいのだけど、その前に「そもそもビールとは何か」を解説せねばならない。

 

「で、ビールって何なの?」

 

そうね。一言でいえば「麦汁を発酵させた酒」だね。

発酵プロセスを分解するとこんな風になる。

 

1:発芽した大麦(モルト)を煮て、甘い麦汁をつくる

2:薬草のホップ(アサ科のつる性多年草)を添加し、雑菌を防ぎビール特有の苦味をつける

3:麦汁の糖分を酵母菌が食べ、アルコールと炭酸をつくる

 

基本的にはこれだけ。なんだけどモルトやホップ、酵母の種類と組み合わせをアレンジしたり、発酵の温度と期間を変えたり、フルーツや穀物など他の原料をブレンドすることで、無限のバリエーションをつくることができる。

 

ビールには様々な分類があるんだけど、まず抑えるべきは酵母の種類による2つの発酵の分類。

 

☆下面発酵:ラガー、ピルスナー

低温(10℃以下)で、比較的長時間(1〜2ヶ月)発酵・熟成させる製法。酵母の澱(おり)が下にたまることから下面発酵という。澄んだ黄金色、喉越しのいい炭酸味が特徴。

 

☆上面発酵:エール

高温(20℃以上)で、比較的短時間(1〜3週間)発酵・熟成させる製法。酵母の澱が上に浮いてくることから上面発酵という。比較的濃い茶色、深い香りと味わいが特徴。炭酸味はそんなに強くない。

 

日本をはじめとして、世界のほとんどの地域で流通しているのは前者のラガータイプのビール。とりわけアジアではほぼラガー一択と言っていい。

暑い季節の夕暮れや、お風呂あがりに飲むラガービールの清涼感は素晴らしく、黄金色の液体が喉を通過するときの身体がキューンと冷えていく感覚は他の酒にはない快楽がある。

(余談ですけど、日本のラガービールは海外でも評価が高い。僕も世界各国のビールを飲んだが、日本のラガーはトップレベルに美味いと思う)

 

さて一方のエールビールはどうかというとだな。
ビールの数千年にわたる歴史のなかで、つい150年くらい前まではビールといえばエールのことだった(ラガーをつくるためには、低温貯蔵できる設備がいるからね)。

ベルギーやドイツ、イギリスなど、昔からビールが根付いていた国にはいまだにエールビールの伝統が残っている。

 

ぶっちゃけエールってのは「昔ながらの手づくりテイスト」を宿したビールのことなのさ。冷蔵庫を使わず常温で発酵させて、昔から蔵についている酵母菌の力を借りる。すると、当然つくる場所によって風味が変わるので、ラガーよりも個性が幅広い。

 

まあなんだ。ビール評論家が激怒しそうな例えだけど、日本酒でいうとこの

ラガー=清酒のような上品で澄んだビール

エール=どぶろくのようにワイルドなビール

のような感じなのだよ。

 

実は僕、ビールに開眼したのは20代前半、ヨーロッパに住んでいた頃のこと。ベルギーのヒューガルデン(小麦のビール)、イギリスのバスペールエール(エールビールの老舗)を飲んだ時に「僕が知ってるビールと全然違う!味わいありすぎー!」と衝撃を受けたのでした。

 

 

▶英国のリアルはヌルい

それではようやく本題。

イギリスのビールの本道は、エール。なかでも「リアルエール」と呼ばれる英国特有のスタイルが正しい。

 

「なにッ…『リアル』エールだとッ…!?じゃあ何だ、オレが普段飲んでいるビールは何なんだ?『まやかし』なのかッ!?つまりオレの人生もまた『リアル』じゃないということなのか!?そのへん納得いくように答えろ!」

 

「そうスね。まあ『リアル』の定義は人それぞれですからね。センパイにはセンパイの『リアル』があるわけで、イギリスにはイギリスのリアルがあるわけですよ。要は『自分を信じられるかどうか』ってことじゃないスか?

『今、この瞬間(とき)、情熱を燃やし尽くしているかどうか』、つまり『永遠(とわ)を信じてアツくなれてるか』、それが俺たちの「リアル」ってことじゃないスか?センパイの『現在(いま)』はリアルなんスか?ヌルい人生に甘んじてるんじゃないんスか!?」

 

それでは英国式「リアル」とは何か、お答えしよう。
ずばり、「飲んでいる途中でほったらかして、気が抜けてしまったヌルいビール」である( -`д-´)キリッ

hiraku_07_01_02

田舎のパブで頼んだリアルエール。美味しかったー!

 

上の写真を見ていただきたい。

まず泡の量がすくない(これでも泡が多い部類)。そして色が濃い。グラスを軽く振ってみると、モタっとしたテクスチャー。ビールと聞いて思い浮かべる軽快さ、清涼感をぜんっっっぜん感じない。

 

恐る恐る口をつけてみると「ぬ…ぬるい。そして炭酸が抜けてる。つまりこれって部屋に置いといた麦茶じゃねえか!」と一瞬オレは騙されたのではないか?ていうか、あのセックス・ピストルズが反抗したのは、社会体制にではなくこのヌルいビールに対してでは?と訝(いぶか)るビックリテイストである。

 

しかし翌日。ヒラクはまたPUBのカウンターに立っていたのであるよ。
ウェイターに2ポンドを渡し(物価の高いイギリスにおいて、唯一ビールだけが日本よりも安い)、樽から直接注いでもらうのを眺めているうちに、いつのまにか「リアルエールを飲みたいモード」が醸成されていく。

 

「ヌルい…しかしどうだ、この穏やかな味わいは?ラガーのように一気に飲み下してはならない。喉にじっくり含ませながら、麦のふくよかな香り、ホップの苦味、酵母のつくりだすほのかな酸味と旨味に耳をすませ…!

目をつぶれば青空の下、麦畑に一陣の風が吹き、黄金色の麦穂がたおやかに揺れる景色が見えるではないか…!これこそ英国の由緒正しい田園風景…!リアルな紳士淑女たちが、芸術や詩について語り合う崇高な場所…!」

 

「おう兄ちゃん、ところでなんでサッカーイギリス代表はこんなに弱いんだ?ルーニーは何をやってるんだ!(怒)」

 

「おっさん、せっかくビールをじっくり味わってたのに、横槍入れないでくれよ」

 

「何言ってんだ兄ちゃん、PUBのカウンターで盛り上がる話といえば、スポーツと政治だろうか」

 

「あ、そうなんすね。じゃあせっかくなんでBrexit(イギリスのEU離脱問題)について意見を聞いてもいいですか?」

 

「あーそりゃあ長い話になるねえ。つまりイギリスは◯☓△□…」

 

そしていつの間にか小一時間ほど時は過ぎ、ようやく話が一段落ついたところでビールを飲んでみたらば、しまったー!ビールがぬるくなってるー!!」

 

「何言ってんだ兄ちゃん、最初っからヌルいっつーの」

 

 

▶英国式リアルエールの作法

さてこの英国式リアルエール。イギリス人はこのヌル旨なビールに強い愛着と誇りを持っている。田舎のPUBでもロンドンのPUBでも、カウンターに行けば必ず地ビールが置いてある(大手メーカーのビール以外にも必ず地ビールを置くべしというルールがある)。

 

hiraku_07_01_01

ロンドンの酒屋さんにて。ロンドン市内のマイクロブリューワリー(地元の小さなメーカー)のビールもたくさん置いてありました。

 

僕らが知っているものとは著しく異なるフレーバーなのだが、発酵プロセスでいえば、ビールの起源を正しく伝えるものであるとヒラクは考える。

 

昔は炭酸を密封する技術がなかったので、発酵途中に発生するガスはタンクから漏れてしまう(無理して密封すると爆発する危険性もある)。ある程度空気があり、かつ温度の高いタンクの中では酵母の動きがフリースタイルになり、ラガーでは雑味になってしまう酸味や香りや旨味が生成される。そして飲む時も当然常温。発酵が終わり切る前に飲んでしまうことも多いので、アルコール度数も低い(4%前後)。

 

古代メソポタミアやエジプト文明において飲まれていたのは恐らくこのようなビールのはず。この時代はさらに酵母やモルトをろ過しないで飲んでいたと思われるので、有用なビタミンやミネラル、タンパク質等の摂取できる、いわば「飲むパン」のようなものであったのだろう。

 

最初は戸惑うかもしれないが、一度慣れてしまえば英国式リアルエールは病みつきになる。田舎のパブで、陽が落ちる気配とウミネコの鳴き声を愛でながらちびちび飲むビールの快楽よ。

 

それではごきげんよう。

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