夏生さえりの「ティファニーで朝食を食べられなかった私たち」

夏生さえりプロフィール画像

【第29回】過去への嫉妬

saeri_05_main
夏生さえりプロフィール画像
夏生さえり
ライター
出版社勤務を経て、Web業界へ。人の心の動きを描きだすことと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。 著書に『今日は、自分を甘やかす いつもの毎日をちょっと愛せるようになる48のコツ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン )はじめ、本連載に書き下ろしを加えた22篇のエッセイ集『口説き文句は決めている 』(kraken)が好評発売中!

先日、「【第25回】終わりの儀式は“贈り物”で」が掲載されたあと、「この“元カノ”絡みの喧嘩、めっちゃわかる」という声をものすごくたくさんもらった。

 

恋人の過去というのは、多くの人が気になるものらしい。そして、それらはよく喧嘩の種になっているらしい。なかには、「元カノと行った場所なんて、絶対行きたくないです」という声もあった。気持ちは、よくわかる。

 

恋人のことを好きになればなるほど、恋人の過去まで欲しくなることがある。

 

もちろん大事なのは過去ではなく、今と未来なのだということは重々承知だ。ごくたまに「過去があってこそ今があるんだから、過去に感謝しなきゃ!」という菩薩のような心の持ち主もいるし、または「過去? 気にならないなぁ」という仏の境地に至っている(としか思えないほど寛大な)人もいる。

 

わたしだって、「そんなの気になりません、だって彼が今選んでいるのはわたしでしょう? うふふ」と言いたいけれど、一言で言えば「無理」だ。

 

嫉妬深い女子たち(わたし含む)は、過去という見えない敵にいつも悩まされている。

 

「あそこ、行ったことある」「ここ、おいしいんだよね」と言われたら、(誰と行ったんだろう)と脳内に探偵を呼び出す羽目になる。それがおしゃれなお店や絶景カフェだったり、やたらと女の子ウケしそうな場所であったりすればするほど、探偵はフル稼働を始める。

 

「こんなところ1人で来るか?」
「男友達と来るか?」
「複数で来るか?」
 

考えた末、NOの判断が下れば、嫉妬の開始だ。

 

やめておけばいいのに、頭の中でぐるぐるぐる…と時間を戻し、見たことのない彼の姿を映し出す。その隣には知らない女の子がいたり、自分がすでに知っている元恋人の姿があったりして、(あくまで想像にもかかわらず)胸がざわざわと騒ぎ出し、喉がぎゅっと詰まるような感覚に襲われる。

 

「誰と来たの?」と、聞こうか聞くまいか。

 

聞けば正直に「元カノ」と言われるかもしれないし、または上手な嘘で「友達」と言われるかもしれない(けれどその話が嘘っぽかったりする)。でも、気になって気になって仕方ない。

 

こんなときサバサバしていられる人が羨ましい。わたしなんて10回生まれ変わってもそんな境地に至れそうもない。

 

若い頃の恋愛では、過去のことでよく喧嘩になった。

 

わたしは何度でも「誰と来たの?」と聞いたし、彼は彼で正直に「元カノ」と言い続けたから。さらに当時は、嫉妬の感情をコントロールできず怒り出してしまうことも多々あったように思う。今思えば当時の彼に同情してしまいそうなものだけれど、過去の恋愛に対して劣等感のようなものが渦巻いて、嫉妬と相まって耐えきれなかったのだ。

 

「彼には彼の過去があり、それは今のわたしと彼の間にはなんの関係もない」。

 

そんな単純なことが本当の意味では理解できていなかった。

 

大人になって少しずつそのことが理解できるようになり、過去に対する寛大な気持ちが芽生えた…と言いたいものだけれど、人間の性質はそう変わるものではないらしい。今でも、過去を知る機会があると(怒りはしないが)クヨクヨしてしまう。

 

むやみやたらに彼に言うことはなくなったけれど、だいたいの場合は何日もお風呂でそれらを反芻し、やきもきしながら頭を洗い、気づけば眉はハの字になっている。もう、そういう性格らしい。

 

「過去に嫉妬するのは、自分に自信がないから」なんて聞くけれど、そうだろうか? わたしはもっと単純に、「過去に嫉妬するのは、その人のことが好きすぎるからだ」と思う。

 

ただの過剰な独占欲。自分が見たことのない彼氏を見ていた昔の恋人が、羨ましいのだ。

 

彼が自分以外の人と過ごしていた楽しい時間が、憎いのだ。そんなことを言っても仕方がないし、時間を戻すことはできないし、狂気じみているかもしれないけれど、真剣に羨ましい。手に入らないものや明らかにできないものほど、美しく思えるし、思いをはせてしまう。

 

そうして、その辛い気持ちから離れるためにこう宣言してしまうこともあった。

 

「元カノと行った場所には行きたくない」。

 

そうすることで、彼と行ける場所を徐々に少なくしていることにも気付かずに。

 

ああ、たくさん届いた嫉妬深い女子たちからのメッセージをわたしは笑うことなんて全然できない。むしろがっちり握手をして「わかる!!!」と首がもげるくらい頷きたい。

 

***

 

さて、こういう一連の元恋人問題に対する正解ってなんだろう? とずっと考えていた。どう言われたら安心できるのだろう? どう考えればヤキモキせずに済むのだろう?と。

 

そして最近やっと、ひとつの答えが出た。

 

たとえば彼がこんな風に話を始めたとする。

 

「前、沖縄に行った時さ…」

 

ひとしきり話を聞いて、わたしは思わず聞いてしまう。

 

「へえ、誰と行ったの?」

 

その後に言われたいのは、この言葉だ。

 

「友達。でも、君と行ったら、楽しいだろうな」

 

誰となんて、正しく答えても意味がないから、あっさりと「友達」で済ませる。そこで「あ、元恋人だな」と薄々気づくのだけれど、すぐに「あなたと、行きたい」「あなたと行ったら、楽しそう」と言ってくれると、彼はわたしとの未来のことだけを考えてくれているのだな、と思うことができる。むしろ、ここに過去を持ち出して不機嫌になるなんて野暮だなとさえ思える……というわけだ。

 

実はこれ、言ってもらえて一番嬉しかった言葉なのだけれど、このとき同時に言ってもらった言葉も良かった。

 

「今まで見てきて好きだった場所やおいしかったものは、君と一緒に見たいし食べたいよ。一緒に行ってくれる?」

 

そう言われて、わたしは大きく反省したのだ。

 

自分の好きな場所に、好きな人を連れて行きたい。いや、“わたしを”連れて行きたい。ただそれだけの欲求なのに、勝手に過去と紐付けて、その場所に対して睨みを利かせていたなんて。

 

過去とその場所を、結びつけていたのは自分だけ。だったら、過去なんて思い出せなくなるくらい、その場所でもっと色濃い2人の思い出を作ることに注力したほうがいいじゃないか。

 

好きな人といけない場所を増やすより、どこへでも行って、そのたび「ああ、やっぱり君と一緒にいると楽しいな」と思ってもらいたい。

 

こうしてやっと、「元恋人と行った場所なんじゃないか?」と血眼にならずに済むようになった。(行った場所だとして)だからなんなんだ、と少し開き直れるようにもなった。少しだけ。

 

***

 

わたしにメッセージをくれた、たくさんの嫉妬深い女子たちに伝えたい。

 

過去のことなんかで、今と未来を無駄にしちゃいけないよ。時にはクヨクヨしてもいいけど、そのことで喧嘩なんてしないで。

 

当時の彼女は、そんなことはすっかり忘れて新しい彼と楽しく過ごしているはずだし、彼だってあなたに言われなければ忘れていくようなことなのだから。

 

過去を踏み台にして、愛を深めるくらいの気合でいよう。

 

そしてもし、これを読んでいる嫉妬深い女子の彼氏諸君がいれば、「過去のこと言ったってしょうがないじゃん」などとイライラせず、「君と一緒行きたいな」と素直な気持ちを伝えてあげてほしいなと思う。

 

過去に嫉妬しているという彼女の状態をどうにかしてあげる必要はない。大事なのは、「一緒に行きたい」というシンプルな欲求を伝えることだけ。

 

どうか恋人たちが、過去のせいで行けない場所を増やしませんように。そして、それでももし喧嘩をしてしまったのなら。どうか、些細な贈り物で仲直りをしてくださいね(【第25回】終わりの儀式は“贈り物”で)。

 

 

[information]
アマノ食堂の連載コラム『ティファニーで朝食を食べられなかった私たち』が書籍になって好評発売中!

夏生さえり書籍カバー

amazonでも大好評販売中!詳細はこちら

★さえりさんの過去の連載記事はこちら