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中村秀一さん×林和泉さん|【第1回】どう出会う?「ずっと自分に寄り添い続ける本」の見つけ方

  • 中村秀一
    東京都世田谷区の駒沢にあるブックストア兼ギャラリー「SNOW SHOVELING」店主。グラフィックデザイナーを経て、2012年に同店をオープン。2021年からは“プログレ書店”というスローガンを掲げ、これから必要なこと、これからも残していかないといけないものを見極めながら、必要な変化、ここでしかできない進化を目指して営業自粛中(〜3/7)。
  • 林和泉
    東京都港区六本木に2018年にオープンした入場料制の書店「文喫 六本木」の副店長。同店の母体である「日本出版販売株式会社(日販)」に入社し、店の企画立案から携わる。本に対する知識と愛情、柔らかな語り口により、本の魅力を紹介するテレビやラジオ番組にも出演。

アマノ食堂を訪れるお客さんの“おいしい話”をお届けする「今週のお客さん」。

今回ゲストとしてお招きしたのは本屋さんのお二人! 「SNOW SHOVELING」を営む中村秀一さんと、「文喫 六本木」の副店長を務める林和泉さんです。

ネットで購入した本が翌日に届き、電子書籍であれば、すぐにでも何万冊にコネクトできる現代。そんな便利な時代だからこそ、「自分にぴったりの一冊と出会いたい」というニーズが増えています。

では、本屋さんであるお二人は、どのように本に親しみ始め、どんな本に出会ってきたのでしょう? 『本との出会い方』をテーマに、お二人の歩み方から没頭できる本との出会い方、さらには読書を楽しくするテクニックまで、前後編の2回にわたってお届けします!

***

—— 中村さんが営む「SNOW SHOVELING」、林さんが副店長を務める「文喫」。それぞれ、どんな本屋さんなのでしょう?

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一言で説明するなら、うちはプログレッシブな本屋です(笑)。

プログレッシブな本屋さん?

いや、自分の店について詳しく説明するのって、照れくさいじゃないですか。そこを誤魔化すために、雲をつかむような言葉で煙に巻くという(笑)。去年までは「出会い系本屋」と名乗っていましたしね。

「文喫」もある意味では「出会い系」ともいえるかもしれません。うちは「本と出会うための本屋。」というコンセプトを掲げていまして。

お、仲間ですね(笑)。

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そうですね(笑)。うちは入場料制の本屋で、入場料を払っていただいたお客様は、売場の本を自由に手に取ったり、おしゃべりや打ち合わせ、リラックスしてついうたた寝したり、自由に過ごすことができます。

入場料制の本屋、面白い試みですよね。

ありがとうございます。入場料というひとつのルールを設けることで、あとは自由に本と出会っていただく場所といいますか。

「文喫」さんの母体は、取次大手の日販さんでしたよね。あれだけの大手が画期的な取り組みを始めたなと、興味深く見ていたんです。

「SNOW SHOVELING」さんこそ、とても独特。実は私、ずっと気になっていて、この対談を前に偵察に伺ったんですよ(笑)。

え! まったく気づかなかった!

気づかれないようにコッソリと(笑)。書店を訪れたというより、親戚のかっこいいお兄ちゃんの、自室兼仕事場にお邪魔したような感覚。自由度の高い空気を感じました。

taidan_2102_01_3 taidan_2102_01_4今回の対談の舞台である中村さんのお店「SNOW SHOVELING」。駒沢のちょっと奥まったビルの2階の扉を開くと、そこには異世界のような空間が広がる。暖かなオレンジ色のライトのもと、古本メインの書籍に自由な発想で集められた雑貨、中村さん自身がデザインした洋服などが雑多に並ぶ。

自由度の高さも「文喫」さんとの共通点かも。「ここでは自由でいいんだよ」という空間づくりを意識しているので、それが伝わっていたのは嬉しいですね。

—— そんなお二人、そもそも「本屋さん」という職業を選んだ理由は?

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ワクワクを求めてたどり着いたのが本の仕事

(中村秀一さん)

「絶対に本屋になりたい」という意識は微塵もなく、いくつかの選択肢のひとつだったんです。以前は広告制作の仕事をしていたものの、僕は受注仕事には不向きだと気づいて。だったら「別の仕事を始めよう」くらいの感覚でしたね。

いくつかの選択肢というと、本屋以外の候補は?

スポーツジャーナリストかギャラリストか、本屋か。どれも浮世離れした職業でしょう?

たしかに、名前を聞くとワクワクしちゃうようなお仕事。

与えられた仕事ではなく、自らが発信する側に回りたい。それなら、あえて好奇心のレベルをグッと解放してみようと思ったんです。

なるほど…!

好奇心のままに夢を語れていた子供時代の「将来の夢は宇宙飛行士!」くらいのレベルにまでグッと下げて、思いついたのがこの3つ。中でも始めやすそうだったのが本屋で、今に至ります。

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なくなったら嫌だなと思える物事を仕事に

(林和泉さん)

私も同じく「絶対に本屋になる!」という気持ちはなくて。ただ、「なくなったら嫌だな」と思えるような物事に携わる仕事に就いたほうが、いつか立ち止まるようなことがあっても、自分の基盤になってくれるような気がしたんです。

そうした存在が「本」だった、と。

そうなんです。例えるなら、本は私にとって“幼なじみ”という感覚で。

幼なじみ。素敵な表現ですね。

幼なじみには、あえて友情を確認したりしないと思うんです。同様に、これまでに一度も「読書が趣味です」とは言ったことがなくて。でも、側にあると安心するし、なくなったら嫌というか。

そう言われてみると、僕も「読書が趣味です」って一度も言ったことがないな。

すると、中村さんにとっての本とは?

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あとになって自分を救ってくれるもの

(中村秀一さん)

サバイバルテクニックを教えてくれるメディアですね。

サバイバルテクニック?

僕は学のない人間だけど、特に困ることなく生きてこられた。その理由を振り返ってみると、本なんです。

なるほど。

わかりやすいところでいえば、沢木耕太郎の『深夜特急』を読んでいたおかげで、海外での窮地も切り抜けられた、みたいな。

海外での窮地! まさにサバイバルテクニックですね。

それ以外にも、本を読んでいたおかげで救われたことが何度も重なったんです。何気なく読んでいた本でも、あとから思い返すとめちゃくちゃ助けられていた、というね。そういう経験ありません?

私はまだ、その過程にいるような気がします。自分を救うような知識として花開くまで、読むという経験を積み重ねている最中というか。

本の効果って、遅効性なんですよね。ビジネス書のような本は別として、小説なんて特に遅い。本から得たろくでもない知識の集積が、ふとした瞬間にポーンと自分を救ってくれるような。

その感覚はわかる気がします。一夜漬けじゃないんですよね。

それに読み手側の個体差もあるしね。特に僕の場合、10代、20代のころは海外放浪ばかりしていたから、それも大きいかもしれない。

知識を活かしやすい環境に身を置かれていたんですね。

そう。ルーティンとは縁遠く、毎日が変化の連続だったから。

逆に私の場合、新卒で今の会社に入社して数年は、大きな変化の起きにくい環境に甘えて何も行動を起こせず、ふと「自分の存在意義はあるだろうか」という危機感を持ちました。

では、今は?

実は「文喫」の立ち上げメンバーに立候補したのは、挑戦してみたかったからなんです。お店を立ち上げた今は、毎日が変化の連続。大変ですが、とても楽しいです。

—— 「出版不況」が叫ばれている昨今。その状況に対する危機感はいかがでしょう?

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流通経路の変化としてポジティブに捉える

(林和泉さん)

私としては「出版不況」という言葉が一人歩きしている感覚が強いんです。実際、本の売上げが大きく落ち込んでいるわけでもなく、単に流通経路が変わっただけかな、と。

Amazonや電子書籍といったネットの台頭ですよね。それによって、むしろ本へのタッチポイントは増えたわけで。

そうそう。だからそこに関しては、ネガティブな気持ちはありません。

ただ、割を食ったのが街の本屋。今、独自性の高い本屋が増えているのは、生き残り策ですよ。

「文喫」も、まさに生き残り策です。私たちは「本って面白いな」と思っていただける場所を提供したいなと思っていて。

うん、僕も全く同意ですね。

特にうちのお店の母体である日販は、本の流通が仕事。本に出会うきっかけとなる場所をつくれれば、うちで買っていただけなくても、どこかの書店が売れて、本が流通します。

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本に興味を持つ人の数を増やす、ということですよね。それはうちも一緒です。僕は個人的に、本を読む人をかっこいいと思っていて。

うんうん。

電車でね、別にスマホをいじっていてもいいんです。それでも僕の目には、読書をしている人のほうがかっこよく映る。

すごくわかります。

かっこつけるための読書って、無粋かもしれない。それでも本を読めば、いつか生きる糧になる。そのための普及活動が「SNOW SHOVELING」なんです。

—— そうしたお二人に、本日は「思い入れある一冊」をお持ちいただきました。まず、林さんの思い入れのある一冊は?

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尊敬する先輩が贈ってくれた一冊

(林和泉さん) 

『アーティストのためのハンドブック 制作につきまとう不安との付き合い方』という本です。思い入れのある本にもいくつかあって、どういう文脈で選ぶべきか、とても迷ったのですが。

これはどんな文脈で選んだのでしょう?

本屋対談ということで、仕事にちなんだ一冊を選びました。「文喫」の立ち上げから一緒に頑張ってきた先輩が、プレゼントしてくれた本です。

本を手にした経緯そのものに思い入れがある、と。

はい。その先輩は圧倒的な知識量。私はいつも頼りきりでしたが、「相棒の君に」と贈ってくれたんです。自分がちょっと認めてもらえた気がして、さらに頑張ろうと思えた一冊です。

書名からして面白そう。

主に美術をやる方に向け、制作にまつわる不安への寄り添い方、付き合い方が書かれた本です。

読んでみたいですね。

アーティストではない方にもおすすめです。私もアーティストではありませんが、「自分はなんて才能がないんだろう」と悶々としたときに見返しています。中村さんは、どんな本を選ばれましたか?

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本を読み返す面白さを教えてくれた一冊

(中村秀一さん)

サリンジャーの『フラニーとゾーイー』。『キャッチャー・イン・ザ・ライ(ライ麦畑でつかまえて)』と並ぶ、彼の代表作です。

名作ですね!

でもこれ、挫折する人が多い本なんですよ。僕も最初に読んだときは、全く面白さがわからなくて。

たしかに、ちょっとつまずきやすいかも。

それが再読してみたところ、めちゃくちゃ面白くて。一読で終わりにしては、もったいない。あらゆる本を読み返そうと思ったきっかけが、この本だったんです。

時間を経て読み返してみると、自分でもビックリするくらい、違った感想を抱くことがありますよね。

まさにそれです。内容としては、グラース家の一員であるフラニーとゾーイーという兄妹の物語。そもそも『キャッチャー・インザ・ライ』を除き、サリンジャーの作品って、すべてがつながっているんです。

そうなんですね。知らなかった!

だからこの本を面白く読めると、ほかの作品まで読みたくなる。全作品を読破したとき、ようやくグラース家のすべてが明らかになるという、スター・ウォーズ的な楽しみもあって(笑)。

—— どちらの本にもすごく興味をそそられましたが、お二人のように思い入れのある一冊に出会うには、どうすればいいのでしょう?

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好奇心の赴くままに手に取ってみる

(中村秀一さん)

通り一遍な答えになってしまうけど、自分が信頼している人のレコメンドは、読んでみるべきだと思う。

うん、たしかに。

ちなみに信頼している人というのは、なにも目の前にいる人じゃなくてもいいと思っていて。

例えば、憧れの人とかですか?

そうそう。それが僕の場合、ボブ・ディランやジョン・レノンだったりして、彼らの著作や伝記を掘り返すように読んできたんです。

憧れの人を本で掘り下げていく…いいですね。

さっき話に出た『キャッチャー・イン・ザ・ライ』にしても、レノンを待ち伏せて銃で撃ったマーク・チャップマンという男が、事件直後、逮捕される間際まで読んでいた本ですしね。

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素直に読みたい本を選んでほしい

(林和泉さん)

私も同意です。自分の好奇心の赴くまま、素直に本を手に取ればいい。そうして手にした本が、いずれ思い入れのある一冊になるのかな、と。

そう、いずれなんですよね。本から得た知識はいつか自分を救うけど、端から知識を得ようなんて思わなくていい。

下心なしに、素直に読みたい本を選べばいいと思います。

実益なんて求めず、好奇心の向くまま、興味の向くままに読んでみること。それが結果的に、大切な一冊と出会うための最短距離ではないでしょうか。

(後編へと続く)

***

本から得た知識は、いつか自分を救う術として花開き、そうした一冊に出会うには、ただ、好奇心の赴くままに本を手に取ればいい。

そのいつかを想像しながら、思わず本を手に取りたくなるお二人のお話。

でも、読書にハードルの高さを感じてる方や、本を読みたい気持ちはあるのになぜか読み進められない、という方もいるのではないでしょうか。後編では、そんなモヤモヤするときに使いたい読書のテクニックに加え、本の持つ力にもフォーカス。ご期待くださいね!

撮影/山田健司
取材・執筆/大谷享子

 

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